1 暗雲立ち込める空に漆黒の羽根が舞う。 大きな翼を羽ばたかせ、 清浄な森を守るは赤い顔の天狗。 古き友人と約束を守る為に、 天狗は一人、また一人と減っていく同志に涙しながら耐えた。 いつか救いの手があると信じて。 【大天狗】 授業を終えた雪無は家に帰り、神社の仕事をしながら式神の帰りと伊黒からの連絡を待っていた。 一人で参拝客を迎え、祈祷や掃除を終わらせる。 気になる事もあったので早めに受付を締めると、神棚へ飾った札を懐に入れ鬼殺隊から支給されたスーツを身に纏う。 夕飯を軽く済ませ、珠世と産屋敷へ天狗を見たとの情報をメールし祖父と祖母の遺影へ手を合わせた。 「お祖父ちゃん。そろそろ封印を説いてもいいよね」 力を使い過ぎた後、気を失うように眠ってしまうのには訳があった。 祖父が生きていた頃に一度、雪無は力が暴走した事がありそれがきっかけである程度の気を使うと眠るように封印を施された。 左胸に陰陽印が刻まれているのは、死してなお力を封印させる為の祖父の置土産。 解除させる方法は祖母からの手紙に書いてあったが、所謂あぶりだしと言う昔密書などで使われた方法で書かれてあり探すのにとても苦労した。 「…ごめんね。ここで出し惜しみをしていられる程私は強くないから」 遺影に向かって呟くと自分の手を強く握りしめる。 最初こそ愈史郎からいいように使えと言われたが、関われば関わるほど優しい鬼殺隊の柱達にどんどん情が湧いてきてしまった。 勿論利用するなど考えてはいなかったし、雪無は本来気の弱い優しい子。 自分の実力不足で周りが傷付き、彼らに付き纏う死と言うものが怖くなっていた。 「私は、負けたくない。絶対に」 そう呟いて、ゆっくりとした動作で立ち上がった。 それと同時に内ポケットに入れた携帯が鳴り、取り出して画面を見れば伊黒の名前が表示されている。 「…はい」 『今終わった。どこに居る』 「えと、今は家に…」 家に居る事を告げようとした雪無は何かが割れた音に気付きその方向へ顔を向けると、携帯を手のひらから滑り落とした。 鞄に付けていた蒼の硝子玉が割れたのだ。 『おい、雪無』 「あ、お…」 『どうかしたのか、雪無。答えろ』 「ごめんなさい、伊黒先生。私、行かなくちゃ」 『おい!何処へ行く!』 焦ったように声を上げた伊黒の通話を切ると雪無は携帯を放り投げ家を飛び出した。 向かう先は今日の昼間に見た天狗の降りて行った山。 大粒の雨が雪無の身体をびしょびしょに濡らすのも気にせず大きく跳躍し、屋根を伝いながら全速力で赫の気配を探る。 「赫!」 弱々しくだが赫の気配を感じ取った雪無は、木の下で蹲る姿を見つけ駆け寄った。 猫の姿で血を流す様は心が痛み、赫の小さな身体を両手で優しく包み込むと僅かに身動いだ。 「主…」 「赫、大丈夫?ごめんね、私が任せたばかりに…」 「俺なんかより、蒼が」 傷に響かないよう包み込んだ赫へ擦り寄ると、弱々しく小さな手が雪無の頬を押しやる。 「大丈夫、蒼は私が探すから。赫は少し休んでて」 「主、気を付けろ…天狗が、反乱を起こした…」 そう言って姿を消した赫に目を見開く。 本来天狗は種類によって悪戯などをするが、こんな風に危害を加えるような者はこの地域に生息していなかったはずだと頭の中で考える。 祖父より前の先祖がこの山の大天狗を助け、その恩を報いる為に人々を守る事を約束したと聞いたことがあった。 「はん、らん」 普段ひっそりと森で暮らし、時に森へ入る不届者に罰を与え、迷子になった子どもは親の元へ届けるなどの行いをしていたという祖父の話を思い出す。 その天狗が何故北条院家の式神である赫や蒼に危害を加えるのか分からなかった。 震える手を無理矢理抑え立ち上がると、雨と風の強い森を銃を握り締めながら進む。 ―――北条院家の人間じゃ。 ふと聞こえた声に顔を上げると、上半身が猛禽類の姿をした烏天狗が雪無を木の上から見下ろしていた。 「烏天狗…私の式神を攻撃したのは貴方達ですか?」 「…北条院家の者よ、何故約束を違えた」 「約束…?」 「この森をより清く保つと、我らに約束したにも関わらず何故不浄のモノを寄越したと聞いておる!」 「…っ、不浄?どういう事ですか?」 不穏な風に吹き飛ばされそうになりながらも必死に烏天狗に食らいつくが、後ろに並ぶ者達は今にも雪無へ襲い掛かりそうな気配がしている。 それでも友好を誓ったと祖父から聞いていた雪無はホルダーに入っている銃には手を伸ばさない。 「お願いします!どうか、どうか話し合いの場を!貴方達とは争いたくない!」 「五月蝿い!裏切り者め!」 「っあ!」 ついに雪無は風に飛ばされ、近くにあった大木へ身体を強く打ち付ける。 それを合図に何十体といる烏天狗が大きな翼を羽ばたかせ雪無へと攻撃を開始した。 戻 |