アヤカシモノ語リ | ナノ
1

どきどきしながら携帯を耳に当てる。
基本的に私の携帯は電話もメールも受信専用みたいな所があるから、自分から誰かに掛けるといったことはなかなか無い。
しかも私用なんて特に。

何回目かのコール音がして、それが途切れる。


『雪無か』

「あ、伊黒先生」

『どうした』


今日は学校も休日。
所謂GWと言うやつだ。

先生もお休みだったのか、少し寝起きのような声だった。


「お休みの所電話してすみません」

『いや、いい』

「あの、今伊黒先生のお家の近くに居るのですがお会い出来ますか?」

『……は?』


ぼんやりとした声がいきなりはっきりしたものに変わって、私の耳に届く。
それはそうだと思うけど、今日はどうしても伊黒先生にお会いしたかったから突然で失礼かなと思いつつ電話したのだ。

私はまだ、伊黒先生にお礼を言えていないから。


「突然のお誘いで申し訳ないと思ったのですが、見回りも伊黒先生と一緒じゃない期間が長かったので…」

『今どこに居るんだ』

「えと、今は確か伊黒先生のお家の近くのコンビニに」

「…迎えに行くから待っていろ」


ごそごそと何かが動くような音が電話口から聞こえると、伊黒先生は一言だけそう告げて通話を切ってしまった。
おかしい、お外で少しランチでもと思ったけれど何か違う受け取り方をされている気がする。

しかしもう一度電話を掛けることは出来ずに、結局私は今居るコンビニで伊黒先生を待った。



【出会う】


数分後、私服を着た伊黒先生が私を迎えに来た。
いつも教員用のスーツか、鬼殺隊のスーツを着ている伊黒先生を見慣れているせいで、見慣れない格好をしている姿に思わず見惚れてしまう。

きっちりしている人のプライベートな格好というものはこういう所で効果を発揮するのかと思いながら頭を下げた。


「急にお電話ごめんなさい。濡れ女以来伊黒先生にお会いしていなかったので、お礼を直接言いたかっただけなんです」

「いや」

「お礼をするつもりだったのに、伊黒先生のそんな姿を見れるなんてちょっと得した気分になってしまいました」


黒のスウェットパンツ、白いVネックインナーを着てその上に明るいトーンの灰色カーディガンを羽織った伊黒先生はとても格好いい。
私も私服なので、何だかデートみたいで気恥ずかしくなる。


「…そう褒めるな。急いで出てきたからほぼ部屋着だ」

「え、あ…そうだったんですか。とても素敵でしたので…」

「お前も、よく似合っている」


そう言って私の頭を撫でて微笑んだ伊黒先生に思わず顔に熱が集中する。
何だか漫画で見たようなやり取りだ。


「ここで生徒に会っては面倒くさい。俺の部屋で話さないか」

「…し、しかし」

「お館様が許しても他の生徒やその親は許さんだろう。早く来い」

「う…はい」


お館様と言う単語に思わず俯きながら頷いた。
伊黒先生もあのお話を聞いたのかと思うと、足が前に進まない。

そんな私に気が付いたのか、伊黒先生は一度足を止めるとこちらへ向かってきて下におろしたままの手を取った。


「自分から電話したんだ。起こした責任は取ってもらうぞ」

「あう…ごめんなさい」

「怒ってはいない。だから早く来い」


ぐい、と手を引っ張られて伊黒先生に連れられるまままたあの高級なマンションに足を踏み入れた。
相変わらずとても綺麗な所だと思いながらあのリビングにお邪魔する。

私をソファに座らせた伊黒先生が黒い冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してくれて、テーブルの上に二本置いて隣へ座った。


「あの、伊黒先生。この間はありがとうございました」

「いや、俺が実力不足だった。冨岡からは特に問題はないと聞いていたが、元気そうで何よりだ」

「はい。打ち付けた表紙に舌を少し噛んだくらいだったので」

「…………」


べ、と完治した舌を伊黒先生に見せれば無言で私のを見つめられる。
何だか気まずくて出した舌を静かに引っ込めても私の唇を見つめたまま伊黒先生が喋らない。

何か不味い事でもしただろうかと不安になってきた頃、伊黒先生は深いため息をつきながらソファへ背中を凭れかける。


「勘違いするからやめろ」

「……えっ」


やっと言われた言葉が理解出来ずに思わず本音が漏れる。
何を勘違いさせたと言うのだろうか。もしかして内臓がやられたと勘違いさせてしまった事を言っているのだろうか。


「ごめんなさい」

「お前のごめんなさいは俺の思っているものと違う気がする」

「えぇっ」


自分の額に手の甲を当てながら私を恨めしそうに見る伊黒先生に他の理由は何だろうと考えるけれど、とても浮かびそうにない。
中身のない謝罪をしても逆に失礼だと思いつつ言葉が出なくなってしまった。


「雪無」

「あ、はい!」

「俺もお前の名前で呼んでいいか」


戸惑う私の髪に指を通しながら話題を変えた伊黒先生はもう既に呼んでくれていると言うのに強請るような言い方をする。

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