アヤカシモノ語リ | ナノ
1

黄昏時。
それは人間では無いモノの蔓延る時間。


「赫、蒼。行こうか」

『応!』

『えぇ』


巫女服に身を包んだ少女が朱に染まる山中に立ち、狗と猫を連れ和服に合わない真っ黒な銃を構えた。


「今日はただの餓鬼だから、結界は小さくて構わないよ」

『任せろ!』

『展開するわ』


二匹の身体が光り、正方形型に透明な結界を張ると少女は走り出し瘴気を洩らしながら群れをなす餓鬼に向けて銃弾を浴びせた。








【第一節 巫女と鬼殺隊】



「おはようございまーす!」


そんな声が飛び交う校門を潜り抜けた雪無は無表情で自分の教室を目指す。
少女の名前は北条院雪無と言った。

キメツ学園3-A所属。
容姿端麗、成績優秀という華やかな称号があるにも関わらず彼女は友達が誰一人居なかった。


「あ、北条院さんおはよう」

「おはよう委員長」


彼女は最低限の事しか話さなかった。
入学当時こそあれやこれやとたくさんの生徒が彼女へ話し掛けたが、帰ってくる言葉は全て無言か単語のみで気付くと会話が続かないと遠巻きから見る者が多くなったのだ。

クラス委員長だけが今や雪無に挨拶するという最後の砦になっている。


(委員長、いつも挨拶してくれる。嬉しいな)


しかし実は彼女、ただの口下手なだけである。
内心ではいつも挨拶をしてくれている委員長には感謝しており、とても喜んでいるのだが如何せん表情と言葉が伴わない。


「北条院!今日少し放課後空けておいてくれないか?」


席に座って読書をしようとした雪無の目の前へ不意に現れた男子生徒が声を掛ける。
首まで赤くした男子生徒は期待を込めた眼差しを彼女へと向けるが、その言葉に笑顔を返されることも無くただ首を傾げられた。


「どうして?」

「ど、どうしてって…そりゃあ」

「理由も何も無いのに時間を空けてって言われても困るんだけど」

「…こっ、告白したいんだよ!だから空けといてくれよ!」

「………今言っちゃってるけど」


照れを誤魔化すように大声を出した男子生徒に些か引いたように身体を後退させた雪無は追い打ちをかけるかのようにぽつりと呟いた。


「えっ、あっ…うわぁぁぁぁ!!!」

「………」


周りから集まる好奇の視線に後退った男子生徒はまたもや大声を上げながら教室を出ていく。
その後ろ姿を見送った雪無は何事も無かったかのように手元の本へ視線を落とす。


(ビックリした…まさかこんな所で告白されるなんて、なんて大胆な人なんだろう)


心の中で胸を抑えながら今の出来事に多少なりともドキドキしていた。

その後普通に授業が開始され、気付けば昼の時間になり安定の一人な雪無は弁当を持って非常階段へ向かう。
日中体育の際に今日は良い天気だからと人気の少ない非常階段で昼食を取ろうと決めていたのだ。

心の中で謝花兄妹の最近発表した曲を口ずさみながら一段一段階段を登っていく。


「今日は卵焼き、上手くいったから食べるのが楽しみ」


屋上に近い最上階の階段で弁当箱を開き、いただきますと両手を合わせた雪無は箸を持って卵焼きを口に運ぶ。
今日は甘めにしてあった為、程よい糖分が口の中に広がり少しだけ彼女の頬が緩む。


(誰かと一緒に食べられたら、おかず交換したりして感想も聞けたのかも)


そんな事を思いながら空を見上げて卵焼きを咀嚼する。
ふと誰かが階段を上がる音が聞こえて内心驚きながらも段々と近付いてくる靴音に警戒しながら見つめていると、青いジャージを着た体育教師が顔を出した。

午前中の授業で彼に会っていた雪無はそれが誰なのか知っている。


「冨岡先生」

「…あぁ、北条院か」

「先生もお昼ですか」

「そうだ。だがお前が先に来ていたのなら俺は帰ろう」


互いに表情の乏しい人間同士、第三者から見たらとてつもない異様な光景になっていることを当人たちは気付いていない。
踵を返して階段を降りようとした冨岡を最初は見送ろうと思っていた雪無は先程考えていた事を思い出す。


「あの、冨岡先生」

「なんだ」

「卵焼きは好きですか」

「嫌いではないが」


淡々とした会話をしているが、内心の雪無は冨岡に声を掛けてしまったことにドキドキしていた。
それは恋とかではなく、自信作の卵焼きを食してもらえるだろうかとの不安からくるその鼓動にそっと胸を抑えて足を止めた冨岡に話し掛け続ける。


「今日は、卵焼きがうまくいきました」

「そうか」

「しかし私にはこれを試食してくれる友達がいないので、宜しければ冨岡先生に感想をお聞きしたいのです」


普段何を考えているか分からない雪無の提案に少しだけ驚いたような表情を浮かべた冨岡に箸の上下をひっくり返して卵焼きを掴み差し出した。
どんな反応をするのか見たい彼女はこれまた無表情で冨岡を見つめ、たじろぎながらもその威圧感に負け卵焼きを口にした。
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