アヤカシモノ語リ | ナノ
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北条院雪無は不思議な女だと思った。
恋愛事に疎い俺でさえ人を惹き付ける何かを持っていると思える程なのに、学校での友達と呼べるような存在は誰一人居ない。

口下手だからと言ってここまで人を寄せ付けない事は可能なのだろうか。
座学も体育も成績はトップクラス。
凛とした姿に心を奪われ、告白するも惨敗していった生徒は多数居ると聞いた。

寡黙かと思えば話し掛けると僅かながらにもちゃんと返答を返してくれるし表情だって変える。

何の見返りもない命懸けの妖退治だって誰に言う事なく今まで一人でこなして来た雪無に、俺は少しずつ興味を持ってしまった。



【北条院雪無】


「次、北条院」

「はい」


体操服に身を包んだ生徒達が俺の指示で走り幅跳びをしている。
ピッと笛を吹くと雪無が綺麗なフォームで飛び、一緒に体育をしているクラスメイトから歓声が飛ぶ。

共に妖を退治に行った時に初めて雪無本来の身体能力の高さを知ったが、ぎりぎりクラスの最高記録を越えないよう調整しているんだろう。


「雪無」

「はい」

「お前は隠すのが上手いな」


俺との会話が聞こえる範囲に生徒は居ないから、約束した名前で呼ぶと少しだけ嬉しそうな声が返ってくる。
髪を後ろでまとめた雪無は俺の言葉に困った様に眉を下げた。


「隠すなんてそんな」

「褒めている」

「え、あ…ありがとうございます」


言葉の選択を間違ったのだろうか、微妙な表情を浮かべた雪無の頭を謝罪の代わりに撫でておいた。
次の生徒のスタートをしようと後ろを振り向けば雪無で最後だったようだ。

校庭にある時計を確認すると授業終了まで後2分もない。


「全員、用紙に自分の記録を書いたら北条院へ纏めて渡せ。その後は解散していい」


たまたま近くに雪無が居たからと、纏める係を任せて返事をした生徒達に頷いた。
このクラスは3年の中で纏まりがあるから指示も通りやすい。

支持をしていないにも関わらず砂を自ら慣らしに行く者や、役割を与えられた雪無が混乱しない様にと委員長がある程度纏めて渡したりとまるで模範的なクラスだといつも思う。

徐々に教室へ帰る生徒達に、いつの間にか記録用紙の枚数と番号順で並べ替える雪無と俺の二人きりになった。
まだ授業中であるこの校庭は静かでいい。


「冨岡先生、全員分あります」

「あぁ」

「それでは」

「待て」


きれいに並べられた記録用紙を俺に渡して、生徒達の様に一礼して教室へ戻ろうとした雪無の手を掴んで思わず引き止めた。

用などないのに。


「何でしょうか」

「…………」

「冨岡先生?」


何か用事は無かっただろうかと雪無の手を掴んだまま考える。
用もないのに引き止めるなど相手だって混乱するに決まっていると分かっていても何も浮かんでこない。


「…冨岡先生の手、大きいですね」

「急だな」

「祖父以外の男性の手をこうしてまじまじと見るのは初めてだったので」


そっと俺の手にもう片方の手が添えられ、手の甲を撫でられる。
ちゃんと見なければ分からないくらいに微笑んだ雪無に目を奪われた。

駄目だと分かっているのに、俺の手を撫でる雪無の指に自分のを絡めると無意識なのか握り返される。


「お前の指は細いな」

「トリガー引くのに指のトレーニングはしてるんですけど、やはり骨格の問題でしょうか」

「っ…」


絡まった指の骨を親指で擦りながら絡み合った自分達の手をよく観察している。
ここは校庭で、尚且つ授業中だ。

それなのに俺の身体は欲に忠実で、視点は動かさないまま辺りに人が居ないことを確認して雪無の指に唇をくっつけた。


「雪無はこのままでいい」


音を立てて唇を離しながら雪無にそう言えば、珍しく目を見開き顔を真っ赤にさせた表情をしている。
さっき、男子生徒があえて委員長を通さず雪無へ直接渡した時少しだけ指先が触れたと喜んでいた声が聞こえた。

逃げ出したいのか、絡んでいた筈の指は離され俺を見つめる瞳が潤んでいる。


「…すまない」

「とと、冨岡先生っ…揶揄うのは、やめてください」

「揶揄っているつもりはないが」

「…わ、わたし…男性慣れしてないので、こんな事されると凄くっ、恥ずかしい」


俺に掴まれた手ではない方で自分の頬を抑えた雪無にこのまま抱き締めてしまいたい衝動にかられる。
流石に誰も居ないとは言え、そんな事はしなかったが自制の為に掴まえた手を解放した。


「お前は、少し自分の発言の意味を知れ…」

「え?」

「引き止めて悪かった。教室に戻っていいぞ」

「あ…はい。失礼しました」


失礼したのはこちらだと言うのに雪無は未だに熱の冷めない顔のまま頭を下げて校舎に向かって走っていく。
その背中を見ながら、俺は自分の行動を振り返り頭を抱えて蹲った。


「雪無は生徒だぞ。俺は何を考えている」


ぽつりと呟いた声は誰も居ない校庭に少しだけ響いて消えた。
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