アヤカシモノ語リ | ナノ
1

「おっ、お姉ちゃん可愛いね!」

「………」

「ねぇねぇ、ツレない態度取ってないで一緒に遊ぼうぜ?」

「飯だけでいいからさ」


夕方、電柱の下に立った美しい女をナンパする男達。
そんな男達に対して女は微笑みを見せた。

無言で自分の細い腕を男に絡ませどんどん暗くなっていく空と共に細い裏路地へと消えて行く。


次の日、その男達は遺体となって見つかった。



【謎の失血死】


「血を抜かれてた、ですか」

『あぁ。生憎俺は今日別の所で仕事があってな。北条院、お前は冨岡と共に現場へ向かって欲しい』

「分かりました。あ、」


日中いつも通りに一人で昼食を食べようと屋上へ向かってる途中、伊黒から着信があった雪無は電話を取りながら歩いた。

屋上に向かう途中の階段の折り返しで誰かとぶつかってしまう。


「…ごめんね、先輩」

「ちゃんと前向いて歩けってあれだけ言っただろ。大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。私こそごめんね」

「…あれ」


雪無の手を引いて抱き寄せた男子生徒と、ぶつかってしまった男子生徒は双子なのか同じ顔をしていた。
手を引いたまま少し強気そうな男子生徒は雪無の顔を見て声を洩らす。


「もしかして巫女の」

『おい北条院、聞いてるのか』

「あ、ごめんなさい。君たちごめんね、それじゃあ」


電話越しに聞こえた伊黒の声に少しだけ焦った様子を見せた雪無が走り去って行き、残された双子は顔を見合わせた。


「やっぱりそうだ」

「なにが?」

「お前さ…ちゃんとお館様の話聞いてたか?俺達の同業者だよ、あの先輩」

「へー。だから伊黒さんと電話してたんだ」


もう後ろ姿も見えなくなった雪無の行った方向へ振り向きながら双子は再び歩き出した。

一方伊黒と電話していた雪無は双子を気に止めることもなく会話を再開させて、情報のやり取りをしていた。


「首筋に二個の吸血痕なら恐らく女郎蜘蛛でしょう」

『血を吸う妖怪は他にいないのか』

「被害者は若い男複数人だと言っていましたし、今珠世さんからメールが来てその男達が一人の女をナンパしている様子が監視カメラに映ったのを最後に行方を眩ましています」


伊黒との通話を一時的にスピーカーにした雪無は、画面をいじり珠世からのメールを読むともう一度携帯を耳に当てた。


『なる程な。所でお前今どこにいるんだ』

「今は屋上です」

『また一人飯か』

「はい」


当たり前の如く質問に答えると、お互いに無言の時間が過ぎていく。
特に気にする事もなく作ってきた弁当を広げながら食べる準備をしていると、屋上の扉が開く音が二重に聞こえた。

驚きながら扉へ視線を向けると携帯を耳に当てたままの伊黒がその場に立っている。


「伊黒先生?」


プツリと切れた通話に無言で近寄ってきた伊黒はゆっくりとした動きで隣へ腰を下ろす。
何も言わない伊黒にどうしたものかと思案し始めた雪無は無言で彼を見つめ続けた。


「…さっさと食え」

「あ、はい」


缶コーヒーをポケットから取り出した伊黒がぶっきらぼうにそう言うと、言われた通りに箸を取り出し食事を開始する。


(何で伊黒先生が…?こんな所見られたらマズいんじゃないかな)

「鍵は掛けておいた。誰かに見られる心配も無いから気にせずさっさと食え」

「あ、はい」


内心心を読まれたのだろうかとドキドキしながら相変わらずの表情筋がリンクしないままハンバーグへ口を付ける。
昨日焦がしてしまったから朝リベンジをしたのだ。


「黒焦げにはなっていないようだな」

「リベンジしました」

「あれは酷かった」


くつくつと笑う伊黒をほんの少しだけ視界の端に入れながらあの後フライパンの片付けが大変だった事を思い出す。


「焦げがなかなか落ちず大変でした」

「あれだけ焦げてればそうだろうな。どれ、味見してやる」

「!」


箸で持ったままだった食べ掛けのハンバーグを手ごと包まれ口に運んだ伊黒に真顔ながらも頬を染めた雪無は急いで顔を逸らした。

その様子を満足気に見つめた伊黒が口の中のハンバーグを咀嚼すると、中からチーズが出てくる。


「俺は和風のが好みだ」

「…もし、機会がありましたら」

「そうだな」


そこからは会話もなく、ただ雪無がひたすらご飯を食べる音が響く。
時折コーヒーを傾ける伊黒をチラ見しながら食事を取らなくていいのだろうかと残った弁当を見る。


「あの、伊黒先生」

「俺の昼食はもう食べ終わっている。気にしなくていい」

「…はい」


やはり心の中が読めるのだろうかと思いながらまた食事を再開させる。
最後の一口を口に入れて両手を合わせた。

無言で咀嚼していると、コーヒーを持った伊黒が楽しげにこちらを見ている。


「よく食う女だな」

「…ほふへふか」

「食べる女は嫌いじゃない。嫌味じゃなく褒め言葉だから素直に受け取れ」


まだ口の中に残っていたおかずに思うように話せなかった雪無の膨らんだ頬を優しく突きながら微笑んだ。
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