アヤカシモノ語リ | ナノ
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「以上が報告となります」

「なるほど。わざわざ報告ご苦労だった。小芭内も少し休むといい」

「はっ」


産屋敷に報告を終えた伊黒は部屋を後にし、自分の家へ帰るために組織専用のタクシーへ乗り込む。
走り出した車の後部座席で長いため息をつきながら今日あった事を振り返る。


「あのような表情もするとはな」


生物委員の顧問を担当していた伊黒は、入学した頃から雪無の事を知ってはいたものの今日は珍しいものを見たと一人思う。

涙を流し、笑顔を見せた彼女の顔を思い出す。
何てことの無い当たり前の説教をしただけと思っていた伊黒は、雪無がそこまでの感情を露わにするとは思わなかったのだ。


すると首元に巻き付いた鏑丸が伊黒の頬に擦り寄り、赤い舌を出しながら嬉しそうな感情が伝わってくる。

小さい頃から共に過ごしてきた鏑丸は蛇だというのに伊黒以上に感情が豊かで、人の感情を読み取る事も出来た。

まるで嬉しいね、と言うような鏑丸に薄く笑いかけると蛇特有の感触がする顎を優しく撫でる。


「そうだな。俺も何だかんだと教師をしているようだ」


窓越しから夜空を見上げ感情表現が苦手な雪無を思い浮かべた。



【第四節 少女と教師】


次の日学校へ行くと雪無はいつも通りに登校して、いつも通りに一人本を読んでいた。
昨日のこともあり、声を掛けてやろうと考えた伊黒は彼女の目の前に立ち少しだけ伏せられた長いまつ毛を眺める。

声も掛けずにただ見つめていると、流石に気が付いたのか文字の羅列を追っていた大きな瞳が伊黒を捉えた。


「…伊黒先生」

「身体の方は大事ないか」

「はい、お陰様で」


昨日家に行った時とはまた違う見慣れた雪無に内心ほっとしながら、彼女が読んでいた本を取り上げ読んでいた所を見失わないよう人差し指を差し入れ内容に軽く目を通した。


「全く、勉強熱心だな」

「純粋に好きでもあるので」

「そうか」


眺め終わった伊黒は雪無へ本を返すと、もの珍しげに自分達を見る生徒へと目を移した。
好奇の視線がある程度を占めているが、嫉妬に近いものも感じて彼女がどれほど周りに人気があるのか教師の伊黒でさえ痛感する。

もう一度雪無に視線を戻すと不思議そうにこちらを見つめていた。


「読書ばかりしていないで人との接し方を学んでみたらどうだ?」

「…私、話すの苦手なので」

「相槌くらい打てるだろう」

「それは、そうですけど」

「学生は学生なりに楽しんだらどうだ。お前にそのつもりはなくとも他の生徒達はお前をハイエナのように狙っているぞ」

「は、ハイエナ?」


長い袖に手を隠した伊黒はぐりぐりと雪無の頭を撫でつける。
伊黒なりの皮肉を込めた見ているだけの男達へのメッセージに、意味が分からなかったのか困ったように首を傾げている雪無にマスクの下で小さく笑った。


「お前は気にしなくていい」

「そうですか…」

「今日、お前の家に行く」


何も飲み込めていない雪無は小声で言われた言葉に無言で頷いた。
それを見た伊黒はそのまま何も言わずに教室を出ていく。

当人達は特に自分達の距離感を気にする事も無く普段の生活に戻り、周りで見ていた生徒がそれを噂したのは言うまでもなかった。



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