1 たった一人、 初めて心の底から護りたいと想える相手が出来た。 彼女は生徒で、俺は教師。 本来ならば認められる事の無い想い。 そんな俺の想いが届いて欲しいなんて浅はかにも程がある。 頭では理解している。 だと言うのに、心がお前を求める。 お前が笑ってくれたらそれでいい。 俺の側で笑っていて欲しい。 健やかに過ごしていてくれれば 近くで成長を見ていたい。 矛盾する思いに、 自分がこんなにも欲深い人間なのだと知らしめられた。 【拒絶された手】 「…っ、」 「大丈夫ですか、伊黒先生」 果生によって奈落へ侵入する事に成功した伊黒は眉を寄せながら瘴気の濃度に息を吐き出した。 一緒についてきた式神も濃度を抑える為に結界を敷いているが、瘴気の源泉のような奈落では効果も薄れてしまっている。 「果生は平気なのかよ」 「う、うん。私は、半分妖みたいなものだから…」 「とは言え半身は人の身だ。無理はするなよ」 「はい。あ、それとこれ…伊黒先生にお渡しする様悲鳴嶼さんから受け取ったものです」 ポケットから取り出したのは木箱だった。 何故今ここでと内心思いながらもそれを受け取り、蓋を開けてみる。 中には数珠が入っていて、十二神将の梵字が描かれていた。 「これは十二神将だな」 「十二神将、と言うと干支ですか」 「あら、随分と素敵な贈り物を戴いたようですね」 「干支って言っても十二神将はそれぞれの役割を司る神だからな。」 数珠を覗きこんだ二人の式神は目を細めて描かれた数珠を指差す。 「十二神将と言われると干支である動物が思い浮かびがちかもしれないけれど、宮毘羅、伐折羅、迷企羅、安底羅、あんに羅、珊底羅、因達羅、波夷羅、摩虎羅、真達羅、招杜羅、毘羯羅。薬師如来の眷属と言うべき神々よ」 「これをくれた奴がどんな奴かは分かんねぇけど、随分大層なもんを用意してくれたじゃねぇか。伊黒、それちゃんと付けておけよな」 「そ、そんなに凄いものなんですか」 「…後で悲鳴嶼さんにはしっかり礼を言いに行く」 手首へ数珠を通した伊黒は腕から伝わる強い気に納得しながら果生に十二神将の事を説明する蒼の話を聞いた。 「私達のような式神の十二天将とは違って、十二神将は元々仏教の敵となる夜叉や鬼、悪魔という存在も居たのよ」 「俺達もある程度齧りの部分しか知らねぇけど、要は元々妖だった奴も居る。けどその教えによって会心や調伏したらしいぜ」 「蒼は兎も角お前も知っているとは驚きだな」 「ほんと失礼な奴だよな、お前はよ」 「すごい…」 暗い奈落を蒼の炎が照らし、話しながらも慎重に道を下っていくとそこには誰かが争ったような形跡があり四人は走ってその場へ急いだ。 刀傷や銃痕から雪無達がここで戦っていた事が分かり、他に手掛かりはないかと辺りを見渡せば札の欠片が地面に落ちている。 「雪無…」 今にも消失してしまいそうな欠片を拾い上げれば、伊黒に反応して紙が形を変えていく。 「紙が、蝶に…」 「これ、式神じゃねぇか!」 「これが式神?」 「おい蒼!手貸せ!」 ひらひらと宙を漂う蝶の形をしたそれに驚いていれば、赫が駆け寄り嬉しそうに目を見開いた。 赫の呼び掛けに、果生と地面を調べていた蒼が合流し力無く舞う蝶へ指先で触れる。 「あれは何をしているんだ」 「蒼の中にある雪無の気を分けてやってんだ。そういう細かい作業はあいつのが向いてるからな」 「そうするとどうなるんですか?」 「まぁ見てろよ」 蒼く輝く光が蝶を包むと、次第にそれが大きくなり中から小さな女の子が姿を現した。 「おまちしておりました」 その姿はまるで昔話に出てくるような童のように前髪は切り揃えられており、身体も小さければ声も幼い子であった。 式神は赫と蒼に深々とお辞儀をすると、伊黒と果生へ視線をやる。 「あるじさまの所までご案内いたします」 「頼むぜ」 「おまかせください」 赫の言葉で今度は虹彩に輝く蝶へと変化すれば、ひらひらと舞いながら先導していく。 普段雪無の従者として存在する赫と蒼に比べて頼りないその存在は伊黒の心に少しだけ不安が襲う。 「伊黒先生、あの式神は小さいけれど大丈夫よ」 「別に疑っているわけじゃない」 「あの子は役目が導く事。私達は主を守り支える者。あぁ見えてとても有能なのよ。追跡能力に関して悔しいけれど私より上ですから」 「それぞれ何かしら特化した性能があるという訳か」 「そういう事。貴方達人の子が得手不得手があるのと一緒ね」 蒼の言葉に頷いた伊黒は腰の刀に手を添えながら、道案内をする蝶の背を追った。 . 戻 |