3 襖から顔を出したのは所々が崩れ落ちた日本人形だった。 本来日本人形特有のサラサラとした長い髪は玉になり絡み合い、どこまで伸びているか分からない程に散らばっている。 「…っ」 雪無が引き攣った声を我慢しながら銃を構え、攻撃に備えているとその怨霊の後ろに白く小さな影がまた見える。 それに気付いていない様子の冨岡達と怨霊はその影に目をくれることもなく戦闘を開始していた。 (あれは何…) 気配からして怨霊でも妖でもないと戸惑いながらも、目の前のグロテスクな人形を封じる為に引き金を引く。 赫と蒼は既に結界を貼っており、少しでも強い怨恨の霧を浄化しようとしている。 「玖ノ型 水流飛沫」 狭い室内を気にすることも無く流れる水の如く怨霊へ斬撃を浴びせていくが、どれもダメージは少なく見えた。 雪無は札を取り出し、先程の古い札の紋様を思い出しながら自分の指を切り血で付け足して行く。 出来上がったそれを怨霊へ放ち、更に銃弾を撃ち込めば今まで欠けることはあっても蹌踉めく様子を見せなかったそれが体制を崩した。 それをチャンスと更に追い打ちを掛ける冨岡に続こうとした雪無の足を何かが引っ張り盛大に転んでしまう。 「雪無っ!?」 「…な、何…っ」 余りの大きさに驚いた冨岡がこちらへ視線を寄こしているのを感じながら自分が躓いた理由を探るべく足元に視線をやると、先程チラと見えた白い靄の正体がそこに居た。 「……あなた、あの子の人形?」 白い靄の中に見えたのは見るに耐えないほど痛めつけられた人形だった。 それは雪無の足を今度は優しく引っ張って頷くような仕草をする。 「主!早く立て!」 「…うん、分かってる。おいで、あの子は君の持ち主なんだね」 そう言って、白い靄へと手を伸ばせば雪無にしがみついた人形をしっかりと抱き締め冨岡と交戦する人形へ飛び上がる。 バシ、と音がして冨岡が弾き飛ばされた瞬間その人形は雪無の腕から飛び出し荒れ狂う怨霊へ手を伸ばした。 「冨岡先生!」 「大丈夫だ。それよりアレは」 「……あの子の人形です」 白い靄の人形が飛び出した瞬間、動きを止めた怨霊はたじろぐように後退していく。 最初、この家の話を聞いた時には女の子によってバラバラにされた人形の怨念だと思っていたがそれは違ったようだ。 両親を殺され、無念の内に亡くなった少女にどれ程痛めつけられようと愛してもらった日々を忘れていなかった人形はずっと側に居続けていた。 白い靄が怨霊にピタリと寄り添うと、元々欠損していた顔や身体が崩れる様に下へ落ちていく。 『……ドウシテ』 巨大な日本人形の中から見えた少女と思われる顔が顕になり、その瞳からは涙がこぼれている。 その間もその人形は離れることなくただひたすらその少女にくっついていた。 『ワタシは、アナタを、ボロボロに、シタのに』 「……お人形は貴女に大切にしてもらった事が、何よりの思い出だったんじゃないかな」 人形を抱き上げた少女は既に殻を脱ぎさり、人の姿に戻っている。 冨岡も刀をしまい雪無の横に来ると二人の様子を眺めた。 『ゴメン、ね…ごめんね…!』 涙を見せ可愛らしい少女の姿になった霊に雪無が近寄り札を渡す。 人の形を取り戻したとは言え、散々現世に生きる者達に手を出してきた少女はゆっくりとその形を失っていく。 「ちゃんと、償おう」 『ごめんなさい…』 「今度は大丈夫、その子がついててくれるから」 少女の腕の中に収まった人形は本来の形を取り戻し、物言わぬ玩具になっていた。 しかしなぜだか雪無にはその人形が笑っているような気がして、そっと艷やかな髪の毛を撫でる。 「あなたのお陰だね。ありがとう」 『お姉さん、お兄さん…傷つけてごめんなさい。ちゃんと反省する』 「うん。お利口だね」 そう言えば、少女が笑い人形も目の前から姿を消していった。 辺りを見回せば年季の入った屋敷に戻っており、該当の光が窓から差し込んでいる。 「帰るぞ」 「はい」 冨岡が雪無へ手を伸ばし、素直に握り返すと驚いたような視線が注がれた。 後ろからついてきていた蒼も口元を抑え二人を見ている。 「今日は素直だな」 「冨岡先生の手、すごく安心するので」 「……そうか」 「今日もありがとうございます」 そう言って薄く微笑みかけた雪無に頷いた冨岡は、握った手に軽く力を込め暗い夜の道を歩いた。 珠世へ報告がされたこの屋敷は、無事に何事も無く取り壊され公園になる事を後に二人が聞くこととなるのはもう少し。 人形は魂が宿るという。 少女に愛された日々を信じ続けた人形は長年の時を経て報われた。 つ づ く。 戻 |