1 「おいおいマジかよ」 「こんばんは、宇髄先生」 二人に呼ばれた宇髄はその場に居た雪無の姿を信じられない物を見るような目で眺めていた。 【第二節 少女と違反】 冨岡も、伊黒もそれぞれ別々の場所に立ちながら雪無を見ている。 「北条院」 「何でしょう」 「高校生の門限は過ぎている」 「なら家に帰ります」 何を思ったのか、無言で立ち尽くしている雪無に教師らしい言葉を投げ掛けた冨岡に彼女は素直に肯定して蔵を出ようとした。 しかしそれは伊黒によって阻まれ、少し困ったように眉を下げて見上げる。 「待て」 「何でしょう」 「話を詳しく聞かせろ。それからじゃないと帰すにも帰せん」 「…それなら珠世さんに聞いてください」 少し面倒くさそうに答えた雪無に眉を寄せた伊黒は彼女の口から出た名前に舌打ちをした。 どうやら聞き覚えのある名前のようだと思った雪無は未だに結界を張り続ける二匹の式神を呼び寄せる。 「とりあえず結界を解きます」 「結界だと?」 「赫、蒼。もういいよ」 その言葉と共にパリンと何かが割れた音がすると、蔵に居たはずの四人は敷地内の外に出ていた。 そして主人を守るかのように現れた式神は教師陣三人に向かって歯をむき出しにして威嚇する。 『誰だこいつ等』 『我が主を傷付けようとするならば許さんぞ』 「大丈夫だから下がって」 『だけどよ…』 雪無に止められても尚警戒を続ける二匹の頭を優しく撫で、薄く微笑みかけた。 初めて見る式神と雪無の初めて見る笑顔に三人は目を見開き宥める彼女の姿を見つめる。 「大丈夫。この人達は私の学校の先生だから」 『それなら何で尋問しようとしてるんだよ!』 「先生達もきっと事情があるの」 『私は信用しないわ』 「ふふ、優しいね」 珍しい雪無の姿をこの二匹は見慣れているのか、嬉しそうに話す彼女にそっと寄り添い威嚇することを辞める。 その様子を黙って見ていた冨岡が前に出て雪無に背を向けた。 「おい冨岡、何をしている」 「今日はもう遅い。北条院を送ってまた明日にでも話を聞く」 「冨岡先生」 「今回の違反は見逃す。送るから車に乗れ」 ちらりと横目で振り返りながら言った冨岡に足を踏み出す雪無。 顔色を窺うように伊黒と宇髄を見るとため息をつきながらも同意したのか付いてくる気配を見せる。 「冨岡先生」 「なんだ」 「よろしくお願いします。さぁ貴方達は戻って」 『何かしたら許さないからな』 鬼が居た敷地のすぐそばに止められた車に乗り込もうとした冨岡へ頭を下げた。 一瞬間が空いたが、一度だけ頷いた冨岡の後ろに続き後部座席へ乗り込み未だに警戒は解かない式神二匹を石に返す。 「お前はもう少し危機感を持て」 「先生達にですか?」 「ははは!相変わらず派手につまんねぇ反応する奴だな!!」 「?」 運転席に乗った宇髄と、その助手席に乗った伊黒は互いに正反対の反応を見せながら車を出発させた。 居場所を知らないと言った宇髄に雪無は丁寧に自分の家を説明する。 家に着くまで冨岡や伊黒は黙ったままだった。 「お前、こんな立派な家に一人で住んでんのか」 「はい」 「親御さんはどうした」 「親権を破棄したのでどうしているかは知りませんが生きてはいると思います」 淡々と答える雪無に質問をした冨岡が逆に眉を寄せる。 普段から余り感情の乗らない声で話しているとは思っていたが、この話については本当にどうでもいい事のように答えているのが分かった。 「不躾な質問をした」 「いいえ」 「着いたぞー」 「ありがとうございます。ここからは階段を登るだけですので」 ガムを膨らましながら後部座席へ振り向いた宇髄にぺこりと頭を下げ、ドアを開こうと手を伸ばす。 するとガチャリとドアが開けられ、バランスを崩した雪無はそのまま車の外へ転げ落ちそうになった。 衝撃に備えようと目を閉じた瞬間、手を引かれ浮遊感に包み込まれれば呆れたような顔をした伊黒が彼女を抱きとめている。 「何をしている」 「すみません。開かれるとは思わなかったもので」 「全く、先程の手際の良さはどこに行ったのだ。学校でももう少しマシな動きをしていると言うのに」 ため息をついた伊黒は表情の変わらない雪無を下ろしてやると、見送る気なのか車体に寄りかかり顎で家を指した。 「さっさと行け。明日の昼休み、体育教官室へ来い」 「食事はそこで取ってもいいですか」 「…あぁ、特別に許す」 「分かりました。それでは先生達、ありがとうございました」 雪無は伊黒の言うとおりに一礼した後ゆっくりと階段を登って家へ帰る。 最後の段を登り終えた後、車のドアが閉まる音がして振り向くと低いエンジン音を奏でながら帰っていく姿が見えた。 戻 |