アヤカシモノ語リ | ナノ
2

「…着いたね」

「そうだね」

「行くぞ」


無事何事も無く音楽室の前まで辿り着いた三人は扉に手を掛ける。

産屋敷の指示によって学校敷地内の全ての施錠は外され何かあった時にはいつでも逃げられる様に出来ていた。


「………」


生唾を飲んで引き戸に手を掛けた有一郎がゆっくりと音楽室の扉を開く。
しかしそこには何の変化もない音楽室で、夜の静かな空間が広がっているだけだ。


「えっと、肖像画ってアレだよね」

「調べてみるか。雪無先輩はあたりの警戒をお願いします」

「分かった」


椅子を動かし端から肖像画の後ろを調べる二人に背を向け銃を構える雪無。
ガタガタと二人が肖像画を返す音だけが空間に響き渡る。


「…特に何の異変も無さそうだよ」

「そうらしいな」

「元に戻そうか」


――――ぽろん。



肖像画の隅々まで調べた2人がもう一度あった場所へと戻していると、突如ピアノの音が聞こえる。
肩を跳ねさせた雪無が銃口をピアノへ向けるが音が鳴ることはなく、また無音の空間に戻った。


「い、今ピアノの音したよね…」

「しましたね」

「ねぇねぇ、雪無先輩」

「無一郎君、早く椅子から降りて。何かおかしい」

「いや、兄さん見てこれ」

「おい早くしろよ無一郎」

「うーん。これ、全員の目こっち向いてたっけ?」

「「!!??」」


椅子の上に乗ったまま二人の肩を叩いた無一郎が肖像画を指差し、振り返って確認すると遠くを見ていた視線が三人を捉えている。
ぐちゅ、と音がしてモーツァルトの瞳が動き口が歪んだ。


「……ひっ!」

「無一郎!こっちに来い!」

「分かっ…た!」


雪無が思わず肖像画へ発砲するが、弾は絵の中へ吸い込まれ何のダメージも受ける事なく無力化された。

無一郎が椅子から飛び降りながら近くの肖像画を斬るがそれすらも水を斬ったかのようにまた元通りに戻ってしまう。


「なん、だよコレ!」

「雪無先輩の弾も僕達の日輪刀も効かないなんて」

「どっ、どうしたら…」


何か方法は無いかと辺りを探し始めた三人の耳に小さな音楽が聞こえた。
ぐちぐちと音を立てて動く目玉がピアノへ視線を移すと、先程雪無が口ずさんでいた曲が流れ始める。


「これって…」

「エリーゼのために、だよね」

「おいおい、噂通りじゃんか!一回体制を立て直すぞ!」


雪無の手を引っ張った有一郎が音楽室の扉に手を掛けると、鍵など閉まっていないはずなのにどんなに横へ引っ張ってもピクリとも動かない。


「兄さん、雪無先輩。しゃがんで」

「分かった!」


ふわりと飛んだ無一郎が刀を構え音楽室の扉へ向かって刀を構える。


「壱ノ型 垂天遠霞…っ!」


呼吸を使って扉を壊そうとした日輪刀の切っ先が見えない結界に阻まれ吹き飛ばされる。
咄嗟に動いた有一郎がその身体を受け止め、何も効かない扉に目を見開く。


「蒼と赫も呼べない」

「くそっ!何か他に手は…」

「兄さん、危ない!」

「有一郎君!」


無一郎を抱き抱えたまま辺りを探す有一郎が肖像画から伸びてくる触手のようなモノに腕を絡めとられる。

その間にもピアノは無人のまま曲を引き続けた。


「有一郎君を返しなさい」


銃弾を触手へと放つと、薄く透明がかったソレは打ち払われ肖像画へ引っ張られていた有一郎が一瞬で体制を立て直す。

その間にも様々な肖像画から無数の触手が伸びてきている。


「触手を避けながら何か無いか探せ!」

「無茶言うよね、有一郎は」

「いいから四の五の言わずにやれって言ってんだよ!」


刀を構えた有一郎は再び伸びてきた触手を斬り落とし、教卓を蹴り飛ばし手掛かりを探す。
無言で有一郎に頷いた雪無も札を使って触手の進行を止めながら黒板近くの棚を漁った。

しかし目ぼしいものは何も出ず、無一郎は音楽室準備室の扉を蹴破る。

するとすんなり開いたそこには、生徒が使う楽器や譜面が所狭しと置かれ窓辺に置かれたメトロノームへ視線を奪われた。


「これって…」


メトロノームの針を指で弾くとカチカチと音がして、一定のリズムを刻み始める。
何故かその針から目を逸らせなくなってしまった無一郎がじっと見ていると、ゴトリと音がして針が外れた。


「えっ、壊れちゃった…!」

「おい、何やってんだよ無一郎!手掛かりはあったのか?」

「い、いや。ごめん…こっちは特に、何も」


そう言ってもう一度有一郎の元へ向かおうとした無一郎の耳にまた何かが外れた音がした。
振り返った無一郎の目に入ったのは、一枚の紙。

それを手に取り、丁寧に織り込まれた手紙を読み始める。
その間にもピアノは終盤の演奏に向かっていた。




―――これを見つけた貴方へ。
メトロノームが反応したという事は、きっと音楽室の呪いが再び始まってしまったのでしょうね。
ピアノを演奏を止める方法をここに書きます。

方法は簡単。
外れた針をベートーヴェンに刺してください。

そうすれば演奏も止まり、呪いは解かれます。
どうかご武運を。


胡蝶カナエ。


そう書かれた紙とメトロノームの針を握り、銃弾の発射される音と刀が振られる音がする音楽室へ走った。
 

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