2 その後、友好の条約を結んだ大天狗は雪無達へお礼を言って森へ帰っていった。 その姿を見送った後、特に何も話すことなく居間へ向かった二人は隣同士に座り雪無が淹れた温かいお茶を飲む。 「…雪無、今朝はすまなかった」 「え?」 「お前に酷くあたってしまっただろう」 「あ、いえ。私は」 沈黙を破ったのは意外にも伊黒であった。 湯呑みを持ったまま何かを話そうとした雪無にそっと近寄りまだ乾ききっていない柔らかい髪を撫でる。 「嫉妬した。仲良さそうに家から学校に来たお前たちを見て」 「そ、それは」 「やはり、俺はお前を諦めることなんて無理なのかもしれないな。愛おしい、誰にも取られたくないと心が喚く」 「伊黒、先生」 髪を撫でていた伊黒の指が首筋に止まり、冨岡につけられた紅い痕をなぞる。 ぴくりと動いた雪無へ困った様に笑うと同じ場所へ顔を近づけ上書きするように痕をつけた。 「あ、う…」 「今はどちらのもので無くとも、俺もあいつもお前を誰かに譲るつもりはない」 「……っ、」 「許せ雪無。大の大人が取り合いなど醜いものに見えるかもしれないが、これだけは抑えられないようだ」 身を固まらせた雪無を抱き寄せ、腕に力を込めて言い聞かせるように言葉を続ける。 「好きだ、雪無。勿論返事は今でなくていい。ただ、お前の事を側で守らせてくれないか」 「先生…そんなの、私嫌です」 「……駄目、か」 「守られてるだけなんて、嫌です。私だって、守りたい」 伊黒の背中に戸惑いがちに背中に腕を回す。 断られたと思った伊黒が続けられた言葉に目を開いた。 「伊黒先生や、冨岡先生に比べたら私なんてまだまだ弱いかもしれません。でも、私にだって出来る事があるのなら…全身全霊を掛けて、私を守ってくれる皆を守りたいんです」 「そう、か」 「だから、どうか私も皆さんの側に置いてください」 自分だけではないと暗に言われたような気になった伊黒だが、今はそれでいいと心の中で思う。 雪無の大切と思う人の中に自分も入っているのなら上々だと言い聞かせ、身体を離せば真っ赤に染まった顔が見える。 必死に自分の言葉に答えようとしてくれた雪無に眉を下げ、もう一度頭を撫でた。 「そう思ってくれるのは有り難いが、余り無理をしてくれるなよ」 「はい」 「それならばいい」 力強く頷いた雪無に満足気な顔をした伊黒はその場から立ち上がる為に抱き締めていた腕を離す。 そして割れた蒼の水晶玉を見ると、そっと指を這わせた。 「こいつの容態はどうなんだ」 「とても弱っている状態ですが、赫が力を分け与えてくれたお陰で少しずつですが回復しているようです」 「なら良い」 「蒼の事まで心配していただいてありがとうございます」 「どんな存在であれお前の家族だろう。当たり前の事だ」 水晶玉に近寄って寂しそうに笑った雪無を横目で見ていた伊黒はその手を取り部屋へと歩く。 寝るのかと思っていた雪無はそんな行動に驚きながら自分の部屋へ向かう伊黒に目を円くするもそのまま何も言わずについて行った。 「寝ろ」 「え?」 「お前も疲れているのだろう。寝るまで側に居てやる」 鼻を鳴らした伊黒は雪無の布団へ潜り込むと腕を引っ張り身体を抱き込むようにして、得意げに口角を持ち上げる。 突然の行動に固まったままの雪無は伊黒の顔を見ながら口を小さく開けていた。 「何だ、誘ってるのか」 「ちっ…違います!」 「それは残念だな」 「残念じゃないです」 そんな問答をしながら最初に比べて表情の増えた雪無の頬を突く。 柔らかく張りのある頬が気に入ったのか、やり取りもそれなりにひたすら人差し指でぷにぷにといじっている。 「あの…先生、楽しいですか?」 「同じベッドに寝てこれだけで済んでるんだ。感謝しろ」 (入ってきたのは先生なのに…) 「何か言ったか?」 「何でもありません」 仕方がないからこのまま寝るしかないと観念した雪無はどきどきする胸を両手で抑え目を閉じる。 それを知ってか知らずか伊黒が頭を撫で眠気を誘う。 「…雪無」 「ん、伊黒…先生」 「ゆっくり休め」 「…おやすみなさい」 髪を撫でられる感触に意識を保てなくなった雪無は伊黒の胸に擦り寄り意識を手放した。 「……立ち聞きとは随分な趣味だな、冨岡」 寝息を立て始めた雪無の頭へキスをした伊黒は起こさないように抱き締めていた腕を離し起き上がる。 少しだけ声を潜めながら視線をやると、少し開いていたいた扉がゆっくりと動き始め冨岡の姿が現れた。 「俺はお前と違って雪無を諦めていない」 「…その事だがな、冨岡」 無表情な顔を向ける冨岡は伊黒を見つめる。 「やはり諦められないようだ。残念だったな」 「だろうな」 音も無く雪無の部屋に入ってきた冨岡は伊黒とは反対側の布団に潜り込みながら一つ頷いた。 「おい」 「………」 伊黒を気に留めず寝る体制に入った冨岡は雪無の腰に腕を回し背中に頬を付けた。 「……はぁ」 話を聴く様子もなさそうな冨岡に大きなため息をつくと、もう一度横になり安心しきった雪無の表情を見ながら身体を横たえる。 すでに反対側からは冨岡の寝息が聞こえ、寝ていた雪無が伊黒の服を掴むと柔らかく微笑んで目を閉じた。 戻 |