2 元より悲惨な光景となっていた山の中枢は更に血の匂いが濃くなり、まるで戦争を思わせる程の状態になっていた。 雪無により、遺体の真ん中に輝く塊は段々と色を薄くしていく。 「蛇の呼吸 参ノ型、塒締め」 「水の呼吸 拾壱ノ型…凪」 烏天狗から雪無を守る様に立った冨岡に、辺りの敵を蹴散らす伊黒。 普段そこまで話すことも無く、喧嘩をし始める二人ではあるが互いが互いに自分の役割を理解し視線や言葉を交わすことなく連携を取りながら雪無を守り抜いている。 大天狗は薙刀で烏天狗の身体を真っ二つに割りながら、連携の取れた二人に心の中で賞賛を送った。 善戦する二人とは違い、そう若くは無い大天狗の身体は徐々に血に濡れていく。 「おい!貴様…無理して前に出るな!」 「良い、良いのだ人の子よ」 「ちっ…おい冨岡!」 「こちらは大丈夫だ」 大天狗の様子に何かを察した伊黒は冨岡を呼ぶと、こくりと頷いた姿を確認しもう一度技を出して二体倒すと地面を赤く染める後ろ姿に近寄った。 大きなその身体はすでに何度かの刀を受け傷付いている。 刀が何本か身体に突き刺さったままぜいぜいと肩で息をしながら巨大な薙刀を振り、3体の烏天狗を葬った。 「…貴様が居なくなっては生き残った者達はどうする」 「いつかは引退しこの世を去る時を待つだけの老いぼれだ。同士の志を守る為に戦って死ねるのならば本望よ」 「お前が死ねば雪無が悲しむ」 「北条院家の者には申し訳無いが、これもいつか経験せねばならぬ一つであろう」 「…元よりそのつもりだったのか」 風を操り攻撃を仕掛けてくる烏天狗を避けながら一歩も引かずに戦い続ける大天狗の背中を見つめる。 しかし、と後ろで浄化し続ける雪無の背中を見て小さく舌打ちしながら前線に立ち、大天狗を守るように辺りの天狗を葬った。 「悪いが爺のワガママは聞いてやれそうにもないな。一族がこんな風になった責任を雪無一人に背負わせられても困る。アレは弱いのでな」 「人の子…」 「貴様も見て分かるだろう。生き物の死を必死に泣くのをこらえながら戦い続ける雪無を」 今まで振り返る事なく薙刀を振り回していた大天狗は雪無を見て唇を噛んだ。 小さな背中が肩で息をしながら気力を振り絞っている。 「人の子とは、難儀なものだな」 「何の話だ」 「すまぬな、伊黒殿。少し気弱になっていた」 「……ふん、遅いぞ。無駄な時間を過ごさせるな」 一度薙刀で地を叩くと前に居る伊黒でさえ鳥肌が立つような神聖な力を感じる。 二人で最後と思われる一群に向かうと、連携を取りながら烏天狗達を倒していく。 最後の一体を伊黒が薙ぎ払った瞬間、爆発音がして振り向けば眩い光が辺りを包みゆっくりと視界が開けていった。 「大天狗様…っ」 「雪無!」 「だい、じょうぶです。冨岡先生」 力が抜けたのか、膝をつきそうになった雪無の腰を引き寄せた冨岡に微笑むと後ろの瘴気の塊となっていた物を指差した。 そこにはしっかりと烏天狗の形に戻った身体が横たわっている。 「…良くやってくれた、北条院の子よ」 「助ける事は出来ませんでしたが、これでもう…っ!」 安心したように眉を下げた大天狗に頷くと、辺りを包む殺気に見を固くし自分を支える冨岡の胸襟を掴んだ。 伊黒や大天狗も自分の武器を持ち直し、殺気の元凶へと目を向ける。 そこには一際大きな烏天狗が大太刀を持ってこちらを強く睨んでいた。 「大天狗、貴様我らを裏切ったのか」 「烏の、儂らは瘴気によって屍となった者達を斬っていただけだ。そう殺気を向けられる様な謂れはない」 「憎い、にくい、ニクイ…貴様は同士では無く不浄を持ち込んだ人間を信じるというのか…」 「…まさかお主、」 「避けろ大天狗!」 むくむくと身体が大きくなっていく烏天狗に目を見開いた大天狗へ声を掛けながら伊黒が一瞬で雪無の側へ飛び退く。 しかし反応が出来なかった大天狗の羽は烏天狗の持つ大太刀に一瞬にして片方が地へと落ちた。 「大天狗様!」 「ぐ、っ」 「くそっ、面倒な事になったな」 「…雪無、立てるか」 「はい!」 ズシンと音がして倒れた大天狗に、三人が各々の武器を抜き瞳を赤黒く変化させた烏天狗を睨む。 辺りには息をするのも苦しい程に禍々しい気が立ち込め、一帯を尋常ならざる殺気がひしひしと放たれる。 「伊黒先生、冨岡先生」 「何だ」 「これを。瘴気から少しは守ってもらえます」 祓いの札を二人へ付けると、気を送るように手のひらを当てた雪無は眉を寄せた。 「雪無は大丈夫なのか」 「はい。北条院家の血は人より瘴気に強いので」 「…無理はするなよ」 「ありがとうございます」 雪無を気遣う冨岡に小さく微笑んで銃を構える。 伊黒もそんな二人を見ながら倒れて動かなくなってしまった大天狗を確認すると柄を強く握り込んだ。 戻 |