アヤカシモノ語リ | ナノ
2

「ぐっ…」


烏天狗が攻撃を開始しても尚雪無が銃を手に取る事なく行動はただ躱すのみだった。
しかし多勢に無勢、躱すにも次から次へと重い一撃が雪無へ降り掛かりついに膝をついてしまう。


「おね…がいです。話を…」

「裏切り者の話など聞かぬ!」

「主に手を出すなっ!!」

「蒼!」


スーツが破れ、ボロボロになった雪無の前に蒼が狗の姿で現れ庇うように立った。
しかし既に力が無いのだろう、消え掛けの蒼はあともう一撃食らってしまったら消滅してしまいそうな程に弱りきっている。


「貴様等はそこらの低能とは違う。主が嘘をついていないことなど考えれば分かろう!それとも知性など無くなったか!」

「やめて、蒼。お願い、貴女が消滅しちゃう!」

「…主、いいのです。消滅しようとも、あなたならもう新しい式神を使役出来る」

「嫌だ!私は蒼と赫じゃなきゃ嫌なの!」


蒼の身体を守るように雪無が手を回すと、血塗れの顔で擦り寄った。
言ってる意味の分かった雪無は涙をこぼしながら嫌々と首を降りその身体に縋りつく。


「人間の小物と使い魔如きが我々を貶すな!!」

「蒼!!」


刀を振りかぶった烏天狗から庇うように手を広げた蒼が覚悟を決めた時、強く暖かな風が二人を舞い上げた。


「北条院家の子よ」

「あ、あなたは…」

「今は話してる時間も惜しい。一度引くぞ」


舞い上がった時に気絶してしまった蒼を受け止めた雪無を、先程の烏天狗より一際大きな身体を持った天狗に連れられさっき居た場所から遠ざかる。

二人を抱いた天狗は雪無の神社へと降り立つと、目の前に見知った顔が二人階段の前で待ち構えていた。


「伊黒先生に、冨岡先生…!」

「雪無」

「貴様俺の電話を無視して何をしていた!」


天狗にそっと降ろされた雪無に冨岡が手を伸ばし、伊黒が焦った顔をしながら詰め寄る。
思わぬ展開についていけない雪無が蒼を抱えたまま立ち尽くしていると、後ろに立っていた天狗にそっと背中を押された。


「人の子よ、積もる話は中でしよう。今は身を隠すべきだ」

「…貴様は天狗か」

「うむ。人は儂を大天狗と呼ぶ」

「伊黒先生、彼は私を助けてくれたんです」

「………礼を言う」

「ふはは、良い良い。人の子たるものこうでなくてはな」


大天狗は身体を人サイズに変換すると、雪無達の背中を押して神社の階段を登らせる。


「蒼はどうした」

「詳しくは中で話します」

「…そうか」


雪無の腕の中で消え掛かる蒼を心配そうに冨岡が頭を撫でると悲しそうに眉を下げた。


「雪無は何故そんなにボロ雑巾のようになっている。赫は居なかったのか」

「赫も休ませています」


伊黒が雪無の傷だらけの頬を撫でる。
その様子を大天狗は静かに見守りながら雪無達の後を追って家へと入った。


「それで、俺達に説明は出来るのか」


居間へと案内された伊黒は厳しい視線を雪無に投げ掛けるが、着替えてなお傷だらけの場所を優しく手当している。
冨岡も手当をすると申し出たが、伊黒から雑だからと却下されていた。


「それなら儂から話そう。北条院の子よ、お主も分からないことだらけであろうからな」

「…はい、お願いします」


赫と蒼の今までにない程傷ついた姿に消沈してしまった様子の雪無を励ますように冨岡が撫でると、小さく微笑み返した。


「今森は瘴気で満ちておる。本来お主らを襲った烏天狗も穏やかな者達ばかりではあるんだ。あ奴等は既に瘴気に汚染されてしまった」

「まさか…」

「あの妖狐の仕業だ。アレに唆され頭のおかしくされた烏天狗が今は瘴気の塊となり、それを見た同胞たちはお主の仕業だと口々に言うようになった」

「ちっ、天狗とは本来知性や神聖のある者達なのだろう。何故雪無がそうなったと勘違いをしたのだ」

「瘴気の塊となった烏天狗が言ったのだ。北条院家の者が裏切ったと」


大天狗の言葉に言葉を失った雪無がそっと俯いた。
しかし止める事はない大天狗はそのまま経緯を話し続ける。


「その話を信じたのは勿論極少数ではあったのだ。しかし瘴気の塊を我等が浄化できる術もなく、どんどんと汚染され正気を保った天狗は儂一人となったのだ」

「…ごめんなさい、私が早く気付いていれば」

「いいや、相談しなかったのは我等の方だ。儂は自分の力を慢心しておった。この程度の瘴気など神通力でどうにかなると思っておったのだ」


謝る雪無に首を振ると、大天狗は自分の手を見つめ悔しそうに握り締めた。
その間伊黒や冨岡は話に入ること無くただ状況を見極めようと聞くことに専念している。


「もう儂だけでは、あの者たちを抑える事が出来ぬ。頼む、どうか手助けして貰えないだろうか。お主の式神をここまで傷付けた仲間の儂がこのような願いをすること言う自体おかしい話ではあるが…」

「…先生」

「俺達は雪無に任せる」

「あのまま放置している訳にもいかんしな」


頼むと頭を下げたその姿に問い掛ける雪無に二人が頷くと、大天狗に顔を向ける。


「一つだけ、了承して頂きたいことがあります」

「同胞たちの事だな」

「…はい。出来る限り浄化に努めるつもりではありますが、一切傷付けないという保証はできません」

「勿論承知の上だ」

「ならば話は早い。早々に片付けるぞ」

「あぁ」


伊黒と冨岡が雪無へ手を伸ばすと、それに頷き共に立ち上がる。
そして大天狗には雪無が手を差し出し優しく微笑みかけた。


「行きましょう。大天狗様には助けて頂いた御恩がありますから」

「すまぬ、人の子らよ」

「困った時はお互い様です」


目から大きな雫をひと粒溢した大天狗は雪無の手をしっかりと握りもう一度立ち上がった。

再び森へ戻る四人は付近の家の屋根で笑う妖狐に気づく事なく出発する。


「果たして四人で大丈夫なのかしら」


月夜に照らされた妖狐の目は怪しく光り、不気味な笑顔を浮かべてその場から姿を消した。








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