アヤカシモノ語リ | ナノ
3

「何だってんだアイツは。おい雪無、泣くな」

「ご、ごめんなさい」

「…あのな、冨岡と来たのは俺も知ってる。アイツが機嫌悪い理由だって知ってて俺はあぁ言ったんだよ」

「ふしだらな、女です」


伊黒の姿が見えなくなってからぼろぼろと涙をこぼす雪無の頭を撫でながら宇髄は俯いた視線を合わせるようしゃがみ込む。
普段派手に美術室を爆発させるような宇髄はそこには居らず、少しだけ眉を下げて困ったような表情を浮かべている。


「冨岡が泊まったのはあいつの自己判断だろ」

「…私、祖父に命を削るような力を使わないよう封印されているんです。これさえ解除できたら、こんな事は」

「時透達が言ってた命削って力を使うやつだな」

「冨岡先生も、伊黒先生も誰も悪くない。弱い私が悪いんです」


悔しそうに唇を噛んだ雪無は制服のスカートが皺くちゃになる程力を込める。
噛んだ唇からは血が滲み、水滴の様に出たそれを宇髄が指で拭った。


「おい、やり過ぎだ」

「いつも私は力不足で、鬼殺隊の皆さんにご迷惑を掛けてしまいます。有一郎君だって私が素早く浄化出来ていたら怪我だってしなかった」

「…いいか。よく聞け、雪無」

「宇髄先生…」


宇髄の視線から逃げる様に逸した雪無の肩を掴み顎を2本の指で固定すると真面目な顔をして見つめた。

チャイムの音が遠くで聞こえながら、それを気にすることも無く宇髄は雪無を離さずに言葉を続ける。


「俺達の覚悟を見くびってもらっちゃ困るぜ。怪我しようが何だろうが、俺達はそれを承知で鬼殺隊に入ってる」

「…はい」

「時透が怪我したのはあいつのミスだ。それにお前が浄化してくれなきゃ俺達はもっと怪我もしてたかもしれねぇし、被害も増えてたかもしれねぇ。だから、いつでも頼れ」


派手にぶっ飛ばしてやるよ、と宇髄は明るい笑みを浮かべ雪無の身体を持ち上げた。
まるで子どもにするかのような行動に驚きで涙の止まった雪無は次第に笑みを浮かべる。


「ありがとう、ございます」

「おう!お前は派手に仏頂面かましてるか、笑ってる方がいいぜ」

「ぶ、仏頂面…」


くるくると回された雪無がそろそろ目が回ってきた頃、やっと宇髄に降ろされた。
そして腕時計に目をやった宇髄は雪無のほっぺたを人差し指でつつくと、そのまま校舎の方へ向くよう強く押す。


「さ、そろそろ行かねぇと授業に遅刻するぜ」

「あっ!」

「1限目は不死川だろ」

「大変です。お、怒られる…」


不死川に教室の窓からふっ飛ばされた生徒を思い出して顔を青ざめる雪無を見て小さく吹き出した宇髄はひらひらと手を振った。


「嫌ならさっさと行け」

「はい!あの、宇髄先生」

「おう」

「ありがとう…ございました。嬉しかったです」


ふわ、と頬を少し染めて笑った雪無に宇髄が目を見開く間に一礼して走り出す。
背中を唖然としたまま見つめるた宇髄は自分の目に手の甲を当てると口の端を持ち上げた。


「冨岡も伊黒も、厄介な女に惚れたな」


ありゃ本当に魔性の女だ、と誰に言うでもなく呟いた宇髄はゆっくりとした足取りで職員室へと歩き出した。






「おせーぞ」

「すみません!」


廊下を走ることが出来ず、早歩きで教室へ帰った雪無を出迎えたのはすでに授業の準備をしている不死川だった。

クラスメイトも遅刻した雪無に驚いた視線を向けている。
ふと自分の席に着く前に委員長へと視線をやると、いつも通りの柔らかい笑みを浮かべながら口パクで挨拶してくれた。

気配もただの人間で、昨日会った妖狐のような禍々しさは一欠片もない。
やはり自分の思い違いだったかと思いながら席につき、置いてあった鞄から数学の準備を取り出して授業を受けた。


授業が終わった後、ぼーっと外を見る雪無に委員長が近寄る。


「あの、北条院さん」

「…あ、委員長」

「果生-かお-って呼んでいいよ」

「……か、果生ちゃん」

「ふふ、雪無ちゃん。元気なさそうだけど、どうかしたの?」


名前を呼べば嬉しそうな顔をして微笑んだ果生は、耳に手を当て小さな声で問い掛けた。
元気がないと心配された事など一度もない雪無は果生を見返すと、困ったように眉を下げる。


「私が聞いてもいいなら、聞かせてほしいな」

「……私、友達が居ないから喧嘩したことないの」

「喧嘩?もしかして、あの彼氏さん?」

「う、うーん…」


彼氏ではないがあのとき居たのは伊黒だったので訂正するか迷いながら曖昧な返事をすると、果生は真面目な顔をして顎に手を当てた。


「どういうきっかけでそうなったのかは知らないけど、話が出来る状態なら話をするべきだと思うな」

「はなし…」

「雪無ちゃんは無口だし表情の変化が少ないから、行動で示してみるのもいいかも」

「うっ」


さすが委員長なのか、的確にすっぱりと雪無の駄目なところを上げるとやはり真剣に伝えてくる。
悪意の無い言葉に心を刺された雪無は胸を抑えた。


「雪無ちゃんなら大丈夫だよ」

「…そうかな」

「うん!ちゃんと思いは伝わる」

「うん、ありがとう果生ちゃん」

「ふふ、どういたしまして!」


眼鏡の奥の純粋な瞳が弧を描いて嬉しそうに笑ったのを雪無は眉を下げながら礼を言った。
妖狐では間違いなくこんな瞳は出来ないと、少し疑ってしまった自分が悲しくなり心の中で謝ると次の授業の準備をした。
 

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