1 自分を呼ぶ声がする。 色々な声だ。 優しい声、元気がいい声、 そして怨みのこもった声。 光のある方へ歩いて行きたいのに、 暗闇からたくさんの手が出てきて思うように進めない。 何なら進めているのかさえ不安なところだ。 伸びてくる腕が視界を覆い、口を覆い、 助けてと声を出す事も、状況を把握する事も出来ない。 助けて、たすけて、タスケテ 話せない自分の代わりに伸びてくる手から声が木霊する。 ―――助けて そう思った時、一瞬で視界を覆うものが消えて光が差し込む。 刀を持ったその人は私に手を差し伸べた。 【喧嘩】 ぱちり、と雪無が目を開けた。 開けた視界には見慣れた天井が広がっている。 寝返りを打つと、腹に乗る重さに眉を寄せた。 何だかベッドが狭いとぼんやり考えていたら、腹に巻き付いた何かが雪無の身体を強く抱き寄せる。 「…?」 自分の式神が人型にでもなっているのだろうかと、気配のする後ろへもう一度寝返りを打てば目の前にYシャツをはだけさせた冨岡の寝顔が飛び込んでくる。 「!!!」 たまらず叫びそうになった雪無は急いで自分の口を抑え、眠る冨岡を起こさないよう自分の格好を確認すると同じ様にYシャツのボタンが緩められている。 僅かな動きが気に入らなかったのか、冨岡は雪無の身体を強く抱き締めると顔に擦り寄り未だに寝息を立てていた。 (これは一体どういうことなの…!?) 驚いた雪無は間近に見える冨岡の顔を必死で視界の外から追い出そうと部屋の端へ視線を動かす。 どうしてこうなったのか昨日の事を必死で思い起こすと、妖狐を払い除けるために力を使った後からの記憶が全く無い。 「主」 「蒼」 冨岡を起こさないよう小さい声で話し掛けてきた蒼が雪無の耳元に顔を寄せた。 「まだお付き合いしてない方とベッドインなんて蒼は認めませんよ…!」 「!?」 「主はまだ純情でいて欲しかったのに…」 「ま、待って。私記憶が」 「まだ手は出していない」 二人の話し声で目を覚ましたのか、少しだけ眉を寄せた冨岡は雪無の肩越しに蒼へと話し掛ける。 近くで寝起きの冨岡の声を聞いてしまった雪無は緩んだ腕から飛び出すと、ベッドから勢い良く落ちた。 「お、おは…おはようございます」 「あぁ、おはよう。身体は大丈夫か」 「へ!?あ、はい!」 「…服を緩めただけで何もしていないから安心してくれ」 若干呆れたような冨岡の視線に無言で頷くと、蒼がそっと雪無の身体を起こした。 「昨日は、ご迷惑をお掛けしてすみません」 「いや、いい。助かった」 「いえ…それが私の役目ですので…」 自分の布団に男が寝ているという雪無にとってはありえない状況に俯きながらテンパる頭をどうにか落ち着かせようと努める。 起き上がった冨岡は蒼に抱えられて起きた雪無の腕を引き寄せながら小さな身体を抱き締めた。 「とっ、ととととと冨岡先生」 「今は何時だ」 「6時だぜ。さっさと準備しねぇとヤバイんじゃねぇの?」 ひょっこりと部屋の扉から顔を出した赫が呆れたような顔をして二人を見た。 赫の言葉に自室の時計を見た雪無は顔を青ざめさせ冨岡の腕の中でばたばたと藻掻き始める。 「冨岡先生、早く支度をしなくては!私お風呂も入っていませんし」 「…分かった」 「不服そうね、冨岡先生」 「今日が学校だとは」 やっと冨岡から解放された雪無は用意された服を掴みながら別室へとかけて行く。 その姿を見送った蒼と冨岡はゆっくりとした動作でベッドから降りるともう一度大きなあくびをした。 「冨岡先生は?お風呂とご飯どうするの?」 「…いいのか」 「多分主が今ご飯を作りに行ったからその間に入っていいと思うわ」 「甘えさせてもらう」 蒼は頷いた冨岡を脱衣所へと案内し、すでにお湯の溜まっていた風呂を指差した。 「ちゃんと湯に浸かって下さいね。少しとはいえ瘴気を吸っていたみたいですから」 「分かった」 「タオルや洗剤はご自由にお使いください。では、私は神社の手伝いがありますので」 「あぁ」 姿勢良く頭を下げた蒼が音も無く戸を締めると、冨岡は皺くちゃになったYシャツを脱いだ。 戻 |