アヤカシモノ語リ | ナノ
2

「……」

「どうでしょうか」


本来ならば特別な関係でないとしないような食べさせてあげる行為もそういう事に関してすこぶる勘の悪い二人は気にも止めず一人は黙々と咀嚼し、一人は生唾を飲んでそれを見つめている。


「……うまい」

「そうですか」


一見何の変化も見えない二人だが、ある意味お互いの疎通は出来ているらしく真顔のまま親指を立て合った。
美味いと言った言葉に気を良くした雪無は、一人で占めていた階段の場所を空け一人分の空席を用意すると持っていたハンカチを広げ手を広げて招待するかのように冨岡へ更に話し掛ける。


「宜しければどうぞ。私がご一緒して構わないのであれば」

「いいのか」

「嫌でしたら席など用意しません」

「…なら邪魔をする」


家でも一人な雪無にとって、誰かと昼食を共にすると言うのは祖母がなくなって以来だった。
狭い非常階段に大人の冨岡が座る事で想像以上に近くなった事も気にせず、もう一つの弁当を取り出す。


「冨岡先生、お腹に空きがありましたら」

「お前の分では無いのか」

「そう、ではありますがお腹いっぱいですので」

「捨てる羽目になるのなら貰おう」


誰かと共に過ごす昼食に感動した雪無は一つだけ自分の分のおにぎりを取ると後は全て冨岡に渡した。
その後元々口数の少ない二人は話すことも無く食事を取り続けるものの、雪無はちらちらと確実に減っていくお弁当を確認して心の中で喜んだ。


(とても食べてくれている!嬉しい!)

(美味い)


互いに心の内を知らぬまま昼食を取り終えた雪無は空になった弁当箱を受け取りそそくさと片付けを始める。
先に彼女に渡された弁当を平らげた冨岡は自分の持ってきていたぶどうパンを噛りながら、その様子を眺めた。

普段話さない彼女のレアな提案に冨岡は少なからず驚きもしていたのだ。


「それでは冨岡先生、失礼しました」

「いや、邪魔したのは俺だ。弁当美味かった」

「…ありがとう、ございます」

(今、笑ったか…?)


冨岡の言葉に俯いてしまった雪無の表情はきちんと見て取れはしなかったが、ほんの僅かに口角が上がっていたような気がして思わず目を凝らした。
しかし一礼をして背を向けてしまった彼女に確認のしようはなくそのまま華奢な背中を見送る。


(……いや、気のせいか)


少し饒舌だったものの、いつも通りだったと自己解決した冨岡は再びぶどうパンを食べ始めながら生徒たちの楽しそうな声に耳を傾けた。
食べ終わった後、自分の尻に敷かれたハンカチに気付いた冨岡はどうやって返そうかと首を傾げるのはまだ先。


一方、階段を降り終わった雪無は無表情でスキップしていた。


(おばあちゃん以外に初めてご飯を美味しいと言ってもらった)


美人が無表情でスキップしているという異様な光景だが、生憎周りには人が居らずその姿を見る者は誰も居ない。
ふとポケットで鳴り出したケータイに足を止め、辺りを見渡した後その電話を耳に当てた。


「はい」

『雪無さん、今大丈夫ですか?』

「勿論です」

『そう。ご飯はちゃんと食べましたか?』

「えぇ、今し方終えた所ですよ。珠世さん」


電話の相手は珠世という警察特殊刑事課の人間であった。
世間には表立って公表のできない妖怪関連の事件を主に担当する課で、珠世はそこで一番の権利を持っている責任者でもある。
そんな彼女は仕事関係の取引相手でもあり、まるで母の様に雪無の事を気にかけてくれる存在で仕事以外にも頻繁に電話が掛かってきていた。


「それで、ご用件は」

『そうですね…。率直に言うと鬼一口が出たようです。雪無さんには今夜ソレを退治して頂きたく』

「分かりました。こちらでも探しますが、もし場所の特定がされたらまたご連絡下さい」

『えぇ。どうか気を付けて下さいね』

「珠世さんもお気を付けて」


通話を切った雪無は二度手叩きをすると、鞄に下げられた2つの石がやんわりと光り赫と蒼が姿を現した。


「会話は聞いていた?」

『勿論よ』

「いい子。宜しく頼むね」

『任せとけ!』


二匹の頭を撫でるとその姿は再び二色の光となってその場から消えた。
光を見送ると、雪無は教室へ向かってゆっくりと歩き出し何事も無かったかのように普段通りの生活を送る。

放課後、自分の住む神社へ帰宅しようと昇降口で靴を履き替えていると後ろから出てきた人影に振り向く。


「北条院、今帰りか」

「はい」

「お前は相変わらず一人だな。折角の高校生活、一人くらい友でも作ったらどうだ。女のひとり歩きはお前のような小娘でも危険だというのに」


雪無に話し掛けたのは科学教師の伊黒だった。
長い裾に長い袖の白衣を着た彼は生物委員の顧問でもあり、それに三年間属する雪無を気に掛ける内の一人である。


「お気遣いありがとうございます」

「生徒に何かあっては学園長の名に傷が付く。お前だけを案じているわけではない」

「えぇ、分かっています。それでは」


袖から出てきた蛇の鏑丸を柔く撫でる伊黒に内心癒やされながらも、彼女は頭を下げもう一度歩き出し今度こそ家に帰った。
 

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