3 それから必死に誤解を説いて、二人で昼食を取り終え私は伊黒先生のお家を後にしようと談笑していたソファから立ち上がった。 「もうこんな時間なんですね。私そろそろ帰ります」 「ん、あぁそんな時間か」 「見回りの前に少しだけ寝ようかと思いまして」 最近強い妖が多いせいで、消費の激しい札も新しく書かなくてはいけない。 生徒が先生である人の家に長居するのもおかしい話ではあるのだけれど。 「すまないな、車が無くて。歩きだが送ろう」 「えっ、いやいや!申し訳ないので大丈夫ですよ!」 「いい。送らせろ」 家の鍵を持った伊黒先生は帽子とマスクをつけると私の腰に手を当てた。 今日の伊黒先生はスキンシップがとても多いので、心臓がいくらあっても足りない気がするけれど、きっと断っても言いくるめられそうなので素直にお礼を言う。 「何だか、芸能人の方と歩くみたいですね」 「お前が卒業したらだな」 「…あの、それって」 「もうお前も知っているだろう。それとも何だ、イケない関係でも築くか?」 「そっ、それは…」 「俺は雪無が好きだと答えてくれたら構わないが、お前がまだ分からないと言うなら待つとしよう」 私が返事に困っている事を察したのか、伊黒先生は眉を下げながらぶらりと垂れ下がった指を絡めて玄関へ歩き出す。 所謂恋人繋ぎというものをしたまま、私は引っ張られるままについていく。 「許してくれるのか」 「えっ?」 「こうやって手を繋ぐことを」 指と指の間に挟まれる私の手を少しだけ強く握った伊黒先生はぽつりと呟いた。 許すも何も、私は戸惑っているけど嫌ではないのだ。 ただ、自分の気持ちが分からないだけで。 「好きだ」 そんな事を考えていると、その事をなんて伝えようか悩んでいた私に突然告げた。 急な告白に動きを止めた私に微笑むと、唇が触れ音を立てて伊黒先生の顔が離れていく。 「返事はいつでもいい。いつか聞かせてくれ」 「…………」 「……おい、何か言ったらどうだ」 「あっ、はい!」 冨岡先生、伊黒先生。 いつからか二人は私の中でとても大切な存在になっていた。 それが恋愛感情としてなのかは分からない。 「もう少し待ってて下さい。ちゃんと、答えを出すので」 「…あぁ」 私が今言えることはこれだけ。 でも伊黒先生は優しく笑ってくれた。 手を繋ぎながら人の居ない道を通りながら家へ帰る。 ふと向かい側からやって来た同い年くらいの女の子が私達二人を見て立ち止まって笑い掛けてきた。 「…?」 その子に伊黒先生は気付いているのだろうかと、隣を見上げると特に気にした素振りを見せていない。 もう一度視線を戻すと、そこには誰も居なかった。 「居ない…?」 「どうした」 「いえ、何でもないです」 見間違いだったのだろうかと私を不思議そうに見る伊黒先生に首を振った。 妖であったのなら伊黒先生も気付くはず。 何かの残像かななんて考えながらまた歩き出す私達の背中に寒気がするような視線とどんよりした風が吹いた。 「―――っ」 「おい、先程からどうした。体調でも悪いのか」 伊黒先生は全く気付いていないらしく、変な動きばかりする私を心配してくれた。 その風以来変な視線を感じないし、何の気配もしない。 話すべきだろうかと思った時、後ろから声が掛けられた。 「あれ?北条院さん?」 「…委員長」 振り向いた先には、塾の帰りだろうか大きな手提げ袋を肩に下げた委員長が居た。 彼女らしい私服に、相変わらずのおさげ。 一瞬で繋いでいた手を離した伊黒先生は委員長に振り返る事なく私を置いて歩みを進めた。 「あ、ごめんね!彼氏さんとデート中だったのに…」 「いや…大丈夫だよ」 「何だか伊黒先生に似てたような気がしたけど」 「確かに黒髪は似てるかもしれない」 私の後方を歩く伊黒先生を見ようと身体をずらした委員長は、すぐに物陰に隠れた先生を見ることは叶わなかったらしく首を傾げていた。 内心バレていそうな気がして心臓がドキドキしているけど、私の安定した無表情が仕事をしてくれているお陰で委員長は特に疑ってもいなさそう。 「引き止めちゃってごめんね」 「大丈夫」 「でも素敵な彼氏なんだろうね。道理で誰の告白も受けない訳だ」 「…そうだね」 「大丈夫、今日見た事は秘密にしておくから!それじゃあまた学校でね」 「うん」 ほんわりと桃色に染まった頬で私に笑いかけてくれると委員長は手を振りながら別の曲がり角へ走っていった。 その姿が見えなくなるまで見送ると、安堵の息が出る。 「危なかった」 「大丈夫そうか」 「多分、ですけど」 いつの間に私の側に来ていたのか、委員長が走っていった路地を見ながら伊黒先生がもう一度手を繋ぐ。 こんな遭遇をしてしまったのに離す予定はないらしいので、今度は足早に帰路を辿る。 そう言えば、あの路地って少し行った先は行き止まりじゃなかっただろうか。 曖昧な記憶に首を傾げながら家に帰った私は伊黒先生と別れた。 つ づ く 戻 |