3 「あ、嵐のような二人でしたね」 「そうだな」 嵐のように去っていった二人を見て驚きのまま話し掛けると何故か締めた扉に顔を付けた冨岡に小首を傾げる。 「所であの二人と面識があったのか」 「え、あ…はい。一度目は伊黒先生と電話してる時にぶつかって、二度目は彼らから会いに来てくれました」 「伊黒と電話?」 「はい。妖の事について話していました」 「…そうか」 妙な間を開けた冨岡はやっと雪無へ振り返ると、もう一度先程まで腰掛けていた椅子へ座る。 やっと座った冨岡と目が合うと、いつものようなぼんやりした瞳ではない事に気が付き思わず背筋を伸ばした。 「伊黒の件なんだが」 「は、はい」 「唇にぶつけたような跡があった」 「!」 意を決した様に話し始めた冨岡に、思わず肩が跳ねてしまう。 思い出すのは伊黒の家での事。 「腫れからしてそれなりに時間が経っていた」 「そ、それは」 「伊黒はマスクを基本外さない。理由は知らないが」 冨岡が雪無を見る目は僅かな動きでも見逃さないと言わんばかりに逸らされることなく見つめてくる。 「何をされた?」 「ち、違います!私がたまたまぶつかってしまって」 「どこがだ」 「そ…れは」 耳まで赤くなった雪無は冨岡を見つめたまま固まり、何も言えなくなってしまう。 その姿に眉を寄せた冨岡は逃げ場を奪うようベッドの壁側に雪無を追い詰め片手を顔の横へついた。 「ここが、ぶつかったのか」 「―――っ!」 つ、と親指でなぞられた自分の唇に目を見開きながら冨岡を見つめる。 雪無の視線にぞくりと背中が痺れるような感覚を感じながら顔を耳元へ寄せた。 「何故伊黒がマスクを外した状態で、口がぶつかるような距離に居たんだ」 「たまたま…ソファで足を踏み外して」 「雪無は、伊黒が好きなのか」 「っ!?」 寄せた耳に舌を這わせると、雪無の身体がびくりと反応する。 ぶつかっただけだと言っているのにこんなに伊黒に嫉妬する自分自身に、正直冨岡も困惑していた。 伊黒も冨岡も雪無が生徒だと言う事を分かりながらも、互いに気持ちの歯止めが効かず困らせるような事をしている自覚はあったのだ。 「やっ…冨岡、先生」 「雪無、答えてくれ」 「わた、私は冨岡先生も伊黒先生も…二人とも大切な先生ですっ!」 弱々しく抵抗する雪無は必死に冨岡のジャケットを力一杯握り締めて、目を強く瞑りながら声を張り上げた。 先生、という響きにふと我にかえり雪無を見ればふるふると震えながら羞恥に耐えている。 「…雪無」 「っ、う…ごめ、んなさい」 「悪かった。泣くな」 色々と限界だったのか、大粒の涙を流しながら謝る雪無の姿に心が痛んだ。 そっと流れ落ちる涙を拭いながら、優しく震える身体を抱き締める。 雪無の髪から伊黒と同じ匂いがしたが、嫉妬する自分を必死に留めた。 「先生は、私の事…嫌いなのでしょうか…」 「そんな事は…」 「どうしたらいいのか…分からないんです。冨岡先生に笑ってもらうと、とても嬉しいし、伊黒先生に褒められると凄く嬉しいんです。心臓がぎゅってして、祖父に褒められた時とはまた違う感覚で…何が何だか分からない…」 「…それは、他の先生と居る時もか」 泣きながら戸惑うように言葉を紡ぐ雪無に目を見開いた冨岡は、顎を持ち上げ潤ませた瞳を見つめながら問うた。 その視線を逸らさず首を振った雪無に、思わず柔らかい唇を奪う。 「!」 「…雪無」 「先生…」 「今はその気持ちだけで十分だ。困らせてすまなかった」 眉を下げた冨岡に雪無は無言のまま頷くと、そっと髪を撫でられるまま目を閉じる。 泣いたからなのか、まだ体力が回復していないのも相まって徐々に力の抜けていく自分の身体を、そのまま身を任せるようにベッドへ倒す。 「冨岡、先生」 「ここに居る」 「ん…」 ゆっくり閉じていく瞼を見つめながら雪無の手を握ると、安心したように少しだけ微笑み意識を手放した。 規則的な寝息が聞こえ、眠る雪無の横顔を見る。 「先生、か」 そう呟いた後、何かを話すことなく雪無の側でその愛しい寝顔を見守った。 つ づ く 戻 |