アヤカシモノ語リ | ナノ
2

冨岡は目を閉じたままの雪無を医務室のベッドへ寝かせ、顔や露出している部分に付いた泥を濡らしたタオルでそっと拭う。


「お前はよく寝ているな…」


綺麗になった頬を撫で、切れていた口の端に気が付く。
恐る恐るそこへ触れると、雪無の瞼が僅かに動きゆっくりと目を開けた。


「…あ、れ」

「目が覚めたか」

「冨岡先生…あ、あの!伊黒先生は大丈夫でしたか?」

「……あぁ」


目が覚めてすぐに伊黒の心配をした雪無に少しばかり顔を顰めながらゆっくり頷いた。
珍しくマスクを外した伊黒に目立った外傷はなかったと思い出しながら、上半身を起こした雪無の髪を撫でる。


「何かあれば伊黒もこっちへ来る。もう少し休め」

「あの、冨岡先生。私、妖に注射器を誰かが打ったのを見たんです」

「…誰か見えたのか」

「いえ、それがその後すぐに濡れ女に弾き飛ばされてしまって」


髪を撫でる手を止め雪無を見つめると、申し訳無さそうに視線を落とした。
しかしもう一度冨岡と目を合わせた雪無はまた口を開く。


「でも、濡れ女ではない別の妖の気配と人間の気配がしました」

「妖と人間の気配?」

「はい。注射が撃ち込まれたのは結界の外からです。本来なら式神達が許した者にしか通る事は出来ませんし、打ち破るとなるとそれ相応の妖力を持つ妖でなければそんな事出来ません」


雪無の話に耳を傾けながら冨岡は顎に手を当て考えた。
結界の内側は言わば現実の世界とはまた別の次元になる。
それ故に結界内で何かが破壊されようとも解いた後に響かない仕組みになっているのだ。


「結界内に干渉できるほどの妖力を持つ者…」

「はい。それが人なのか、妖なのかは分かりませんが…すみません」

「いや、よくその情報を得たな」


もう一度謝った雪無に気にするなと目を細めた冨岡を見ながら自分に掛けられた布団を握り締める。


「伊黒先生にも、煉獄先生にもご迷惑をお掛けして…不甲斐ないです」

「そんな事はない。俺達は雪無の存在に十分助けられている」

「だと、いいのですが」


落ち込んでいるからなのか、疲れからなのかほんの少し目が潤んだ雪無に心臓が握られたかのように締め付けられる。
思わず雪無の手を引いて胸の中に閉じ込めれば痛くないくらいの力で抱き締めた。


「お前にそんな顔をしてほしくは無い」

「冨岡先生…」

「誰も雪無を責めたりしないから安心しろ」


もしそんな輩が現れたのなら俺が守ってやる、と呟くと身動ぎをしていた雪無は静かになり小さく頷いた。


「冨岡先生が北条院先輩にイケない事してる」

「ほんとだ」

「「!」」


突然聞こえた声に冨岡と雪無が急いで離れれば、医務室の戸を開けこちらを覗く時透兄弟が居た。


「時透…開ける時はノックをしろ」

「一声かけましたよ。でも冨岡先生北条院先輩に夢中で聞いてなかっただけじゃん」

「…北条院先輩、怪我は大丈夫なの」


伊黒から何かを聞いたのか、面識がありそうな二人に顔を真っ赤にして焦る雪無を見下ろす。


「ち、違うよ時透君。私が落ち込んでいたから励ましてくれたの」

「えーそうなんだ。なら俺達も北条院先輩慰めます。な、無一郎」

「うん」

「え?」


冨岡が腰を下ろしていた椅子を退けて、時透兄弟が雪無へと抱き着く。
二人に両挟みにされた雪無は手をわたわたと動かしながら冨岡に助けを求めた。

唖然とその様子を見ていた冨岡は雪無の視線に気が付き、急いで二人を引き剥がす。


「雪無が困っている」

「冨岡先生だけズルい」

「そうだそうだ」


今度の標的は冨岡になったのか、雪無が座るベッドへ腰を下ろし兄弟は頬を膨らませる。
顔は似ているのに口調や雰囲気はまるで正反対の二人に雪無も、知っているはずの冨岡でさえ押され気味である。


「あ、あの」

「何?北条院先輩」

「まだ2回しか会ったこと無いのに、わざわざ来てくれたの…?」


無表情ながらも照れたような仕草をする雪無を見て、時透兄弟の時が一瞬止まった。


「えっ、何この人…無意識なの?」

「駄目だよ有一郎、そんな事言っちゃ。伊黒先生も冨岡先生も骨抜きにされたくらいなんだからこれくらい予想してなきゃ」

「え?骨抜き?」

「何でもないよ」


意味が分からない単語に雪無が首を傾げると無一郎はにこりと笑って誤魔化した。
冨岡は予想外過ぎる時透兄弟の言葉に未だ口を開けたまま止まっている。


「面白い事になってるんだな」

「うん」

「…お前達」

「やばっ!逃げるぞ無一郎!」

「えー…じゃあ、またね。北条院先輩」


やっと我に返った冨岡が鞘に収めたままの刀を持ちながら時透兄弟へと近寄ると、二人は雪無へ手を振りながら医務室から走って出て行く。
嵐のような二人に取り残された雪無は口を開けながら医務室の扉を強めに締めた冨岡を見つめた。
 

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