1 カツカツと夕暮れにヒールの音が響く。 その音は男に徐々に近寄り、不審に思った男は足を止めた。 男には彼女と言われる存在も、ましてやストーカーされる程モテた経験もない。 もしかしたら、ひょっとしたら自分に一目惚れしてくれたのかも知れないと少しだけ期待に満ちた顔で振り向いた。 そこには赤いワンピースを纏い、マスクをつけたキツめの顔の女がこちらを見ている。 タイプでは無いが、好意があると言うのなら受け取ってもいいかなと思いその女へ笑顔を向けた。 「私、綺麗?」 そう言ってマスクを外した女の素顔を見た男をその後見た者は居ないという。 【口裂け女】 「赫、蒼。そろそろ行こうか」 「応」 「いつでも行けるわ」 机に向かって祓いの札を書いていた雪無は、ふと掛けてある時計を見て作業をやめた。 井戸の水と特別な墨で書かれた札を神棚へ並べて置くと、巫女の服に着替えて家を出る。 式神たちは動物の姿に戻り、雪無の足元に付き従い既に階段下で待っていた不死川の元へ小走りで向かう。 「すみません、お待たせしましたか」 「謝る必要はねぇよ。まだ集合時間前だろォ」 車にもたれ掛かりながらタバコを吸っていた不死川は、雪無がこちらに駆け寄ってくるのを見ると直ぐ様持っていた携帯灰皿で鎮火した。 祖父が煙管を吸っていたので特に気にもしないが、職員という手前子供の前では喫煙しないのだろうかと一人納得して少し申し訳ない気持ちになる。 「気を使わせてしまいましたね」 「アァ?いいんだよ、もう吸い終わる所だったし」 「そうですか」 「ンな事気にしなくていんだよ。とっとと行くぞ」 「はい」 車の鍵を締めて歩き出す不死川についていくためにそっと一歩下がった所を小走りでついてくる雪無にちらりと視線をやる。 少しだけ歩調をゆっくりにした不死川は雪無の足元でちょこちょことくっついて来る式神たちに視線を注ぐ。 「あ、紹介が遅れてすいません。猫の方が赫で、狗の方が蒼と言います。私の大切な家族であり式神なんです」 「よっ!」 「はじめまして」 雪無が足を止め二匹を紹介すると不死川も止まり、赫と蒼をまじまじと見つめしゃがみこんだ。 不死川の唐突な行動に首を傾げた雪無たちは何も言わずそのまま見守る。 するとしゃがんだ不死川は右手を蒼に差し出す。 「……」 「…………お手をしろと言う事ですか?」 「しねぇのかァ」 「私は式神であり犬ではありません」 「犬の式神なんだろ」 一人と一匹のやり取りに赫が腹を抱えて爆笑する。 不死川を睨むように見つめる蒼が宙返りをして人型になると、その美しい顔を歪めそっぽ向いた。 「これで犬だと思わないでしょう」 「おぉ」 「赫と蒼はどちらも人の姿にもなれるんですよ」 所謂ヤンキー座りで視線が上になった蒼を見上げた不死川は感嘆の声を上げた。 その姿に思わず小さく笑った雪無は蒼の腕に絡みつき寄り添う。 赫は相変わらず笑っていた。 「そいつ等が結界ってやつを張るんだよな?」 「えぇ」 「実力を見てやりてぇが何も起きねェのが一番だしなァ」 そう言って立ち上がった不死川は再び歩き出しながら横目で蒼を見た。 (不死川先生は犬がお好きなのかな) 蒼は未だに笑っていた赫に飛び蹴りを食らわせている。 大体いつもこんな感じの二匹を見慣れた雪無は可愛いなと思いながらおいで、と一言呼び掛け不死川の後ろを歩く。 ふと懐に入れた携帯が連絡を知らせるように震えた。 不死川に一言許可を取り携帯を開くと、送信してきたのは珠世だった。 内容を読めば学校の付近で人の死体を発見したと言う連絡で。 「不死川先生、学校の付近に行きましょう」 「何かあったのか」 「…死体が発見されたそうです」 食い散らかされた後の様な写真がぼやけてはいたが添付されていた。 酷い光景に目を凝らして見れば手には女の髪の毛と思われるような物を握り締めている。 珠世が出てきたという事は妖である可能性が高いのだろう。 学校までの道のりはそう遠くない。 踏み込んだ足に力を込め、三階建てのアパートの屋根へ飛び上がり現場へと向かう。 その後ろから不死川と式神達がついてきているのを気配で感じながら最短ルートで珠世の元へ走った。 「珠世さん」 「雪無さん、早かったですね」 「ちょうど外に居ましたので。蒼、お願い」 「分かったわ」 珠世に駆け寄った雪無を不死川は近くの電柱にもたれ掛かりながらその仕事ぶりを見つめる。 ブルーシートが掛けられているとは言え余り良いとは言えない光景を目にしても動揺した素振りは見せず、即座に式神へ指示を出し冷静に対処する姿は同じ年くらいの弟や妹がいる不死川にとって複雑なものであった。 戻 |