3 その後人も少なかったお陰か、たいして待たずに鮭大根の定食が二人の元へ運ばれた。 「冨岡先生、鮭大根が好物なんですか」 「あぁ」 「私は初めて食べますがとても美味しそうです。いただきます」 無表情だが興味津々に両手を合わせた雪無は鮭大根に箸を伸ばし口に運ぶ。 口に入れて咀嚼すると目を輝かせ背筋を更に伸ばして、また一口と食べ進めていく。 そんな雪無を見ながら冨岡も自分のご飯を食べる。 食事中特に会話もない二人だったが、気まずい雰囲気は一切なく先に食べ終わった冨岡がお茶を飲みながらもうすぐ食べ終わりそうな雪無を眺めた。 「美味いか」 「!」 冨岡の問い掛けに無言で何度も頷いた雪無に小さく笑みが溢れる。 自分の好物がこんなにも誰かに喜ばれると思わなかった冨岡は雪無を連れてきてよかったと心の中で思う。 前に宇髄に嵌められた冨岡は合コンと呼ばれる食事会に行ったことがあったが、その時の女達は少量を食べてお腹いっぱいだと言っていた。 少量のサラダとからあげだかでお腹いっぱいになるかと心の中で突っ込んだのはよく覚えている。 宇髄は顔がいいから少しでも良く見せたかったのだろうが、冨岡も宇髄も素のままで美味しそうにご飯を食べる女性のが好印象に思う事も知らないのだろう。 その女達に比べて雪無は表情の変化は乏しいものの美味しそうに綺麗にご飯を食べていく。 「よく食べるな」 味噌汁を飲み干してご馳走様でしたと手を合わせた雪無にそんな事を言えばきょとんとした顔をされ失言だったかと首を傾げる。 「それ、伊黒先生にも言われました」 「…伊黒とも食事をしたのか」 「一緒にと言うよりは付き添いかと」 伊黒が少食な事は知っていた冨岡は、彼の意外な行動に驚きと戸惑いを感じた。 そしてほんの少しの胸のざわめきも。 「私はそんなに食べる方なのでしょうか」 「そういう訳じゃない」 「と、言いますと?」 「…美味そうに飯を食うなと」 口下手な冨岡は必死に頭の中で雪無を傷付かないよう言葉を選んだが、口に出した後で失敗だったかと心の中で後悔した。 目の前の雪無を見ても何を考えている顔なのか分からない。 「そう見えましたか」 「あぁ」 「そうですね。私、ご飯は好きです。美味しそうに食べているように見えるなら良かった」 空いた器を指先で撫でた雪無はそっと目を伏せ口元を緩ませた。 どうやら良い意味で受け取ったらしい雪無に胸を撫で下ろしながら店員の女性を呼び金を払う。 「あ、私も…」 「いい。女性に金を払わせる程の甲斐性なしじゃない」 「…すみません。ごちそうさまです」 ビシッと手を前に出した冨岡に申し訳なさそうに頭を下げた雪無の頭をそのまま撫でてやる。 「その内大人になったら、またここへ来るか」 「大人?」 「社会人になって、またここへ来て食事をしてくれればそれでいい」 「も、勿論です」 「ならいい」 身を乗り出す勢いで頷く雪無の頭をぽんと一度叩くと釣り銭を貰い席を立つ。 車に乗り込み、家まで送ると助手席に座った雪無が冨岡のシャツを引っ張った。 「冨岡先生、今日はありがとうございました」 「いや」 「珠世さんにも連絡して女王の存在を調べた結果は連絡します」 「頼んだ」 「それと…」 少し言い淀んだ雪無に冨岡が首を傾げると、少しだけ頬を染め小さく口を動かした。 「今日は、とても楽しかったです。妖を討つための事だったとしても」 「…お、前は」 「そ、それじゃあ冨岡先生お疲れ様でした。おやすみなさい」 わたわたと焦りながら車を降り走り去って行った雪無を見送りながらハンドルに頭を預けた冨岡は深くため息をついた。 「困ったな」 顔を上げた冨岡は眉を下げながら小さくなった雪無の背中を見つめた。 つ づ く 。 戻 |