2 腕や脚の辺りが瘴気によって溶けてしまった雪無に近寄り、冨岡が羽織っていたジャケットを掛けてやる。 「ありがとうございます」 「いや」 「折角の経費で買った洋服を台無しにしてしまいました」 「お前が無事ならそれでいい」 しょんぼりと真顔で肩を落とした雪無の頭を撫でると少しだけ微笑んだ冨岡に2匹が目を丸くした。 すぐ元の顔に戻ってしまった冨岡に、微笑んでいた事も知らない雪無は顔を上げて一つ頷く。 「おまっ、えっ?」 「何だ」 「いや、今…」 「そう言えば!冨岡先生ってさっき主の事名前で呼んでいませんでした?」 急に真顔になった冨岡のギャップについていけていない赫が必死に言葉を掛けようとしているのを押し退け、にんまりとした蒼が詰め寄る。 その言葉に雪無が冨岡へ目を向けると視線を反らした。 「…名前で呼んでくれたのですか」 「あの時は、咄嗟に」 「嬉しい。私、家族以外に名前を呼ばれるの初めてです」 「……、」 化粧をしていて、いつもより大人びた様子の雪無はふわりと微笑んで冨岡が掛けたジャケットの襟を握った。 「美しい」 「別嬪だな」 式神が口々に雪無を褒める中、冨岡は何も言えずにその笑顔に見惚れてしまった。 当人は気が付いていないのか、恥ずかしそうにジャケットで口元を隠している。 「…なら、今度から名前で呼ぶか?」 「えっ!」 「俺で良ければだが」 「ぜ、是非…」 嬉しそうな顔が見たくてそんな事を言えば雪無はまた小さく微笑んで頷いた。 そんな様子を赫と蒼は微笑ましそうに見ている。 「主ってよ、魔性の女だよな」 「何?冨岡先生以外にも居るの?」 「おう。俺はそうだと思ってる」 二匹がそんな会話をしているのに気付かない二人は人目につかないよう、冨岡の車が止めてある場所へ歩き出す。 無言のままの二人だが、嬉しそうな雰囲気を漂わせる雪無に、それを満更でもなさそうに見つめる冨岡は傍から見ても仲の良い恋人同士に見えた。 夜の街灯に照らされる雪無は幻想的に見え、学校の時とはまた違う一面に冨岡の心は駄目だとわかっていても強く脈を打つ。 そっと乱れた髪の毛を直してやる冨岡を眺めながら、式神は姿を消した。 「そういえば、女王とは何者なのでしょうか」 「女王と言うくらいなのだから女の妖だろうな」 「…もう少し調べる必要がありますね。変異した妖は本来の力より強く瘴気も濃いです」 「こちらでも調べるよう柱に伝えよう」 甘い雰囲気はいつの間にか消え去り、話題は女郎蜘蛛の話に移った。 一反木綿も、女郎蜘蛛も本来の肌色と違い赤黒くなっていて、伝え聞いている力よりももっと強いものになっていた。 しかし女郎蜘蛛から生み出された子蜘蛛は赤黒くなっておらず、斬っていた冨岡も他の弱い妖と変わらなかったと思い返す。 「私も家に帰り次第調べてみます。宿題が終わったら」 「偉いな」 「勉強は好きですから」 「なら、少し飯でも食べて行くか」 車に乗り込んだ冨岡が助手席に座った雪無を見ながらエンジンを掛ける。 その提案に思わず目を丸くした雪無は冨岡を見つめるが、すぐに逸らされ正面を向かれた。 「自炊したいたら雪無が寝れないだろう。睡眠は取るべきだ」 「なるほど。でも、この格好じゃ冨岡先生に恥をかかせてしまいませんか?」 「いつも行ってる定食屋ならお前も気にしなくて済む」 「定食屋…!」 肘掛けに片手を置いた冨岡がちらりと隣を見ると嬉しそうな雪無の反応を見て頭の中で行き先を決め車を発進させる。 冨岡の行きつけは雪無の家からも近く、古びた外装であったが料理は美味いと評判の定食屋だった。 二人で向かい合わせに座りメニューを雪無に渡す。 「冨岡先生は決まってるんですか?」 「俺は鮭大根にする」 「え、でもここにそんなメニューは…」 「冨岡先生の特別メニューなんだよ」 メニューを見る雪無が冨岡の頼もうとしているものを探すが、そこに鮭大根は無く首を傾げていると腰の曲がった女性が水を配りながら口を開いた。 「裏メニューと言うやつですか?」 「ふふ、そうそう」 「では、私も冨岡先生と同じ物をお願いします」 「はいよ」 裏メニューと聞いた雪無が生き生きと女性にお願いすると、嬉しそうに笑って冨岡を見た。 黙ったままその女性に視線をやると、そっと冨岡に近寄り耳に顔を寄せる。 「可愛らしい彼女さんですね」 「!」 「婆は嬉しいですよ」 「ち、ちが…」 ほほほ、と茶化すように笑った女性は冨岡の声に耳を貸すこともなく今度こそ後ろへ下がっていった。 戻 |