1 雪無達二人が男と女を追うと、それを遮るように人型になった式神が目の前に立ちはだかっていた。 「止まれ」 「はぁ?」 「その女から早く離れなさい」 「赫、蒼!結界を!」 日が沈み始めた路地裏は予想以上に暗く、女と男たちの間に割り込んだ冨岡が男を引き剥がし結界の外へ放り投げる。 悲鳴と共にぐしゃっと音がするがそれを気にも止めない二人は未だにピクリとも動かない女へそれぞれの武器を向けた。 【女郎蜘蛛】 「観念しろ」 「もう結界の外には出られないよ」 「…ふふ。ふふふ」 二人の言葉に笑い声をあげ始めた女はゆらりと上半身を後ろに倒すと、腹を食い破るように蜘蛛の頭が出て来る。 余りにグロテスクな光景に雪無は眉間にシワを寄せながら銃弾を発砲し距離を取った。 「子供達、おいでェ」 「北条院!!」 「はい!」 カサカサと嫌な音がすると、身体から湧き出た蜘蛛が何十匹という数で二人に向かってくる。 子蜘蛛を冨岡は刀で、雪無は銃で倒しながら中央部分で人の皮を垂らした女郎蜘蛛が耳を劈くような声で笑っていた。 「妾の邪魔をする奴は全て殺してきた!お前達も妾の餌にしてくれよう!!殺れ!!」 「主!」 「私は大丈夫!二人は結界を解かないよう集中して!」 雪無に札を投げた蒼が心配そうな声を上げると、不安を拭うよう飛び上がりながら辺りの子蜘蛛を倒し返事をする。 数も多ければちょこまかと動き回る子蜘蛛を相手にするのは中距離を得意とする雪無と相性が悪い。 「北条院、本体を」 「っ、冨岡先生」 「雑魚は俺に任せろ」 「…え?」 後退していた雪無の元に冨岡が降り立つと、銃のリロードをしていた彼女の腰を持ち上げる。 何だか嫌な予感がして冨岡を見れば得意げな表情をしながら雪無を振りかぶり、そして空高く投げた。 「わ、わわ!」 「本体を狙う事だけを考えろ」 想像以上に高い位置へと放り投げられた雪無は冨岡の言葉に何とか態勢を整え銃口を女郎蜘蛛へ向ける。 その様子を見届けた冨岡は刀を構え、自分に向かってくる子蜘蛛に集中した。 「拾ノ型、生生流転」 落ちながら狙いを定める雪無に目配せをしながら群がる子蜘蛛を流れる様に斬っていく。 冨岡自体も斬りながら女郎蜘蛛へ距離を詰めていき、銃弾を撃ち込んだ雪無に続いて胴を切断した。 「!」 「先生避けて!」 胴を切断され、眉間には銃弾を撃ち込まれたはずの女郎蜘蛛は赤紫色に変色した顔を歪ませながら口角をあげる。 振り切った刀の重心に身を任せながら女郎蜘蛛との距離を取ると、口を大きく開け無防備に落ちてきた雪無へと霧状の物を吐き掛けた。 「雪無!」 「「主!!」」 「引っかかったね!」 紫色の瘴気が雪無が落ちた部分に色濃く漂い女郎蜘蛛が高らかに笑い声を上げる。 冨岡は刀を構えながらも雪無の名を呼んだ。 「あるじっ…主!」 「おい落ち着け蒼!俺達が消えてないって事は主も生きてる!結界を緩ませるな!」 「だが…!」 「大丈夫だよ、蒼」 霧の中凛とした声がすると漂っていた霧が一瞬で消え、雪無の姿が現れる。 その周りを守るように浮いていた札がチリチリと音を立てて消えていく。 「大丈夫なのか」 「はい」 「今のは?」 「赫や蒼の様に強い結界ではありませんが、祓いの札で簡易的な結界を貼ったんです」 少しだけ服の溶けた雪無は勿体無いと心配する三人を他所に悲しげに眉を下げている。 そんな様子をただ見ていた女郎蜘蛛は我にかえると6本の腕を掲げそっと雪無に狙いを定めていた。 しかしその思惑に気が付いていた雪無も冨岡も一瞬でその場から離れ攻撃を交わす。 「おのれ…!」 「それ以上は無駄。あなたのその力、どこでどう手に入れたの」 蜘蛛の糸を吐こうと口を開けた女郎蜘蛛は冨岡の刀と銃口を向けられぴたりと動きを止めた。 胴体には祓いの札が貼られ、赤黒くなった女郎蜘蛛は悔しそうに唇を噛む。 「この前の一反木綿の時もそうだった。これは、本来のあなた達の力じゃない」 「答えろ」 「…が、」 「何?」 「女王から、力を頂いた妾が!負けるはずが無い!」 一際瘴気を吹き出した女郎蜘蛛に二人は飛び退きながら祓いの札へ雪無が銃口を向ける。 紋様が描かれた中央に弾丸を撃ち込むと、暴れるように手足を振るっていた女郎蜘蛛が地面へ倒れそこへ追い打ちをかけるように冨岡が暴れる手足を両断した。 「あ"あ"アァ!!!妾が!妾が負けるなどっ!女王…じょ、お……」 「還りなさい」 泥の様に溶けながら瘴気を放つ女郎蜘蛛へもう一度祓いの札を貼り付ければ、中で暴発したように身体が弾け飛び跡形もなく消えていく。 それを見届けた赫と蒼が結界を解き、辺りがいつも通りの裏路地へと姿を変えた。 戻 |