アヤカシモノ語リ | ナノ
3

「冨岡先生はどれにしますか」


車に向かう途中、何か軽食でも食べようという事になりクレープ屋に寄った二人はショーウインドウとにらめっこをしていた。

すると何を食べるか悩んでいる冨岡が綺麗に磨かれた商品が置かれた向こう側の鏡に雪無が写っている事に気が付き、心無しか楽しそうな表情を浮かべる姿が見える。

クレープの見本から雪無へ視線を移すと、いつもより大人びた彼女は嬉しそうにほんの少しだけ口角を上げていた。
生徒とは言え、元より顔の整った雪無につい見惚れてしまう。


「決まりましたか?」

「……」


グロスを塗った唇がほんのり弧を描きながら冨岡の視線に気が付いた雪無が振り向くと心臓が一際大きく鳴り響いた。
彼女の純真な瞳が冨岡を見つめ、答えるのをただ待っているのでさえ彼にとっては甘い毒のようだった。

控えめなのに心の強い雪無には元より好感が持てていたが、更に儚さのある美しさを醸し出した今の彼女は誰よりも魅力的な女性で。


「俺は、お前の少し貰えたらそれでいい」


いつの間にかそんな事を口走っていた。
しかし一瞬で我に帰った冨岡がこれでは駄目だと今言った発言を否定しようとした瞬間、雪無は容赦無く店員に自分の食べたい物だけを告げ会計を済ませてしまっている。

受け取り口へと進んでしまった雪無にもう一つ自分の物を頼もうかと悩んだ冨岡だったが、自分を呼ぶ声につられ結局何も買わずに終わってしまった。


「一人で食べきれなかったのでどうしようかと思いましたが冨岡先生のお陰で助かりました」


そんな事を言われてしまえば拒否する事も出来ない。
クレープを受け取った雪無は先にどうぞと冨岡に渡してくる。


「お前が先に食うといい」

「いえ。今の私ではグロスが付いてしまいますので」

「気にしない」

「しかし…」


そんな言い合いをしている内に、冨岡の頭にはマイナスな想像が膨らんでいた。


(これでは俺が間接キスを求めてるみたいじゃないだろうか。しかし俺が食べた後の物を食べさせるのもどうなんだ)


どうやっても自分的にはまずい方向に事が進んでしまうと心の中で頭を抱える。
そんな冨岡を見て、雪無は小さく一口クレープに齧り付いた。

齧った跡にはうっすらと桃色のグロスが付いていて、ついそれに視線が行ってしまう。


「どうぞ」

「…いいのか、本当に」

「勿論です」


恐る恐るといった感じに聞いてくる冨岡に首を傾げながらクレープを差し出す雪無はどうして悩んでいるのか分からないようで、首を傾けながら腕を伸ばし口に入れるのをひたすらに待っている。

その仕草にヤケクソになった冨岡はクレープを持つ雪無の手を自分の手で覆い大きく口を開けグロスの付いた場所を齧った。


「美味しいですか?」

「あぁ」

「クレープを誰かとシェアするなんて思っても見なかったので少し嬉しいです」

(こいつは無自覚なのか)


彼女は冨岡が口を付けたクレープを気にする事なくもう一度頬張り嬉しそうな顔をした。
互いに口数も少なく、表情の変化も薄いが思考だけが違う二人は別々の事を思いながら駐車場に向かう。


「そろそろ日も暮れますし、女郎蜘蛛が出る場所の近くに行きましょうか」

「…そうだな」

「どうかしましたか?」

「いや」 


車に乗り込み、唇の端に付いた生クリームをぬぐう雪無に今度こそ頭を抱えた冨岡は必死に脳内を鬼殺隊柱へと切り替える為にぐしゃりの自分の髪の毛を握った。

男達が殺された現場の近くに車を止め、歓楽街を二人で歩く。
生徒である雪無にこれ以上近寄るのは憚られた冨岡だったが、こんな人混みではぐれる訳にも行かない為彼女の腕を取り自分の服の裾を掴ませた。


「どうかしましたか?」

「ここを掴んでいろ。離れたら困る」

「なる程…分かりました」


病で納得してしまった雪無にもう少し反対して欲しかったと矛盾な気持ちを抱えながら、路地裏へ入り込む。
既に車から降りた時点で雪無が式神を放っており、女郎蜘蛛の居場所を調べているが自分達だけ何もしないというのは気が引けると二人で歩きながら気配を探す事にしたのだ。

今の所は何の気配もなく、ただひたすらに路地裏を歩いていると向かい側からガラの悪そうな男達が女を引き連れやって来る。


「冨岡先生、あれ」

「悪いが耐えろ」

「え、わ…っ」


見つからない為にか、冨岡は雪無を更に路地裏へ引き込み壁に押さえつけるような態勢で耳に顔を寄せた。
無意識に冨岡の胸元を握る雪無にこみ上げる何かをぐっと抑え込みながら男達が二人の場所を通り過ぎるのを待つ。


「おいおい、こんな所でお熱い奴等だな」

「ほんとほんと」


下卑た笑い声を上げながら二人を通り過ぎて行く男達は無言のまま薄く微笑んだ女を更に奥へと誘う。
そんな男達を見送った雪無と冨岡はほんのりと耳を染めながら頷き合い、その後ろを追う事に決めた。



つづく
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