アヤカシモノ語リ | ナノ
4

「いや、俺は」

「あの時瘴気に触れましたね」


雪無が握った腕に紫の痣が現れていた。
いつも読めない表情をしている彼女の真剣な顔に観念したのか立っていた冨岡はその場に胡座をかくと、スーツの袖を捲り手袋を外す。


「家のお風呂は神社の下にある地下水から水を引いています。それくらいでしたら湯に浸かるだけで大丈夫なのでせめてそれくらいはさせて下さい」

「助かる」

「いいえ。私一人では難しい敵でした。これくらいしか今の私には出来ませんが」


ゆっくりと立ち上がった雪無はキッチンへ行き湯沸かしボタンを押すとまた力を失うかのように身体が傾く。

側で見ていた冨岡がそれを支えるとまだ成長途中の華奢な身体がもたれ掛かる。


「すみません。力不足です」

「いい」


そっと腰を支えもう一度クッションに座らせると深くため息をついた雪無が机へ上半身を預けた。
学校では見た事のないその姿に内心驚きながらも、無音の広い空間を見渡す。

普段であれば式神が居るのだろうが、こうしてひとりぼっちで過ごした時間もあるのだろうと思い再び雪無に視線を戻した。


「冨岡先生、ご案内出来なくて申し訳無いのですが今を出た先の突き当りに脱衣所がありますので」

「突き当りだな」

「はい。タオルもそちらに置いてありますからご自由に洗剤もお使い下さい」

「分かった」


自分が居ては休めないだろうと立ち上がった冨岡はぐったりする雪無の肩にジャケットを掛けると、ネクタイを緩めながら口頭で案内された脱衣所へと向かう。


(独り暮らしにしては大きすぎる)


脱衣所へ着くまでそれなりの距離もあり、幾つか使われていないだろう部屋も換気の為か開けっ放しになっていた。
途中しまっていた部屋も2つ程あったがそこは使われているのだろうとワイシャツを空いている籠へ脱ぎ捨てる。
露わになった上半身には最初に斬った時に浴びた瘴気の痕が付いていた。

全てを脱ぎ去り風呂場へ入るとまるで旅館の様な檜の湯船がお湯を溜めている。

シャワーを頭から被り、置いてあった洗剤を適当に選び全身を洗い終えた頃には湯も溜まりそっと足を入れた。


「……これは」


そっと腕にお湯を掛けると紫の痣は滲むように消え、少しだけ違和感のあった感覚もそれと同時になくなった。
腕を多方面から確認しても普段通りになっている。

折角だからと肩までお湯に浸かり、天井に近い所で硝子張りになっている窓から夜空を見上げた。


無口だが優秀な生徒だくらいに思っていた少女は、あの小さな身体に沢山のものを背負っていた。
まだまだ親の愛情を必要とする年からこの広い屋敷に一人で住み、夜な夜な不定期に現れる得体の知れないモノと戦い続けていたなど誰が思うだろうか。

接してみれば、必要な事はきちんと伝えるし意外と照れやすいただの女子高生だ。
ふと初めて見た時の彼女の笑顔を思い出す。

満面の笑みでは無かったが、二度目の笑顔を見た時に美しいと思ってしまった自分が居た。
少女にしては穏やか過ぎる笑みであったが、そんな所が儚く美しかった。


ふとそこまで考えて、思わず一人で首を振る。


(生徒に対して美しいなど)


過ぎった考えをかき消すかの様に湯船のお湯を顔に掛けると余り長居してはいけないと自分に言い聞かせ風呂を出た。

髪を拭きながら居間へ帰ると冨岡が風呂に入った時の態勢のまま寝息を立てる雪無が居る。
ジャケットも肩に掛けたままだがその裾を握り締めて頬を寄せた彼女の頭をそっと撫でた。

風呂から帰る途中に手作りされた部屋の持ち主を表す掛札のような物を見たから雪無がどこで生活しているかは分かっている。
思春期の女子の部屋を勝手に開けるのは申し訳ないと思いながら起こさないように雪無を抱き上げその扉を開けた。

中はベッドにテーブルとシンプルな配色であったが、時折ピンクの小物や古いぬいぐるみが年相応の女子である事を物語っている。
部屋の奥にあったベッドへ寝かせると綺麗に畳まれていた布団を身体へ掛け、途中で離したジャケットを羽織る。

ふと内ポケットにあった可愛らしい女性用のハンカチをテーブルにそっと置く。
一緒に昼食を取ったとき自分の下に敷いてあった物だ。

当日すぐに洗濯した冨岡はいつ返そうかとずっと持っていて、本人は眠ってしまっているが返す良い機会だと雪無の頭を撫でて屋敷を後にする。

濡れた髪が風で乾かされてちょうどいい。
彼女の家からそう遠くない位置にある自分の家に帰る頃には殆ど髪が乾いていた。




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