アヤカシモノ語リ | ナノ
3

美しいその剣技に一瞬目を奪われた雪無は直ぐに援護射撃をして声を上げる。


「先生離れて!」


冨岡に斬られた所から紫色の一際濃い瘴気を出した一反木綿に、祓いの弾を撃ち遮断する。
結界を張っていた式神もその光景に目を見張った。


「何故死んでもいないのに瘴気が溢れ出ている!」

「あの一反木綿は何か違います。先生達、一度こちらへ!」

「分かった」


固まるように雪無の側へ集まり、こちらを睨むよう一反木綿を見上げる。
冨岡に斬られた所が瘴気によって再生していく。


「どうなっている」

「俺が知るわけ無いだろう。こんなに酷い瘴気を出す奴なんて初めてだ」

「兎に角アレを放置したら駄目です。溢れた瘴気は私が何とかしますのでお二人はいつも通り斬ってもらってもよろしいですか」

「食い止められるのか」

「斬った所から私が祓えば大丈夫かと」


銃を構えて一発だけ一反木綿に当てると、瘴気は溢れださなかった。
その様子を見ていた伊黒達は静かに頷いてもう一度飛び上がり、一反木綿へ刀を向ける。


「蛇の呼吸、伍ノ型 蜿蜿長蛇」

「参ノ型、流流舞い」


怒涛の勢いで切り刻む二人に雪無も狙いを外すことなく斬った所から浄化をしていく。
三人の猛攻にボロボロになった一反木綿はゆっくりと舞い落ちて来て、その体を膨張させる。


「離れていてください!」


懐から札を2枚一反木綿へ投げつけ貼り付いた所に銃弾を撃ち込む。
中で暴発するような音がして、薄く瘴気が滲み出たがすぐにそれは消えた。

それを少し後ろで見ていた冨岡はその様子を観察しながら口を開く。


「瘴気の濃度が増していたな」

「はい。本来一反木綿は白い布の妖怪ですからあの色もおかしいんです」

「…一度本部へ戻る。冨岡、お前は北条院を家へ送り届けろ」

「分かった」

「結界を解きます」


一反木綿の消えた跡を見ながら今後の方向性を決めると、雪無は式神たちへ手を叩くと空中に出来ていた結界が消え地面へ降り立つ。
着地した瞬間雪無の身体がふらりと傾き膝を付いた。

その様子を見ていた伊黒が肩を支え疲労の色が見える雪無の顔色を見る。


「どこか痛むのか」

「いえ…大丈夫です」

「式神達も消えている」


支えてくれている伊黒の視線から逃れようとした雪無の肩に力を込め、立ったまま見下ろしている冨岡へ目配せする。


「北条院、式神が出せぬ程疲労している理由は冨岡にでも話せ。お前も聞き出せぬまま帰ってくるなよ」

「…ひっ」

「了解した」


顎を人差し指で救い上げた伊黒は顔を真っ赤にした雪無の反応に目元だけ意地悪く細めると身体を離した。
代わりに冨岡が俵のように担ぎあげ男性に触れられる免疫のない彼女からまた情けない声が上がる。


「お館様へは俺が報告しておく。お前はそいつを送り次第直帰して構わん」

「あぁ」

「それではな」

「い、伊黒先生ありがとうございました」


伊黒は返事の代わりに雪無の頭を撫でるとそのまま夜闇に姿を消した。
それを見送り冨岡も雪無を抱えたまま家に向かって歩き出す。

元より口数の多くない二人は暫く無言でいたが、思い出したように冨岡が口を開いた。


「祓いの力のせいか」

「…今日は、神社の方も忙しかったので」

「………」

「う、わ!」


意地でも話さないという雪無に無言のまま俵担ぎしていた冨岡はそのまま足を引き横抱きヘ変えそのまま無言の圧力を掛ける。
月夜を背景にこちらを見つめる冨岡は免疫の無い雪無にとってとても毒だった。

本人が自覚があってやっているものではないと分かっていても、整った冨岡の顔は話すまいとしていた彼女の心を折るには十分であった。


「…祓いは清められた弾丸や札に私の気を送る事で効果を発揮します。な、なので少し疲れただけで外傷やこれから何か支障を来すことはありません」

「そうか」

(頼むからもう解放してほしい…)


顔を真っ赤にしながらも無表情を貫き通していた雪無は両手で顔を隠す。
これ以上冨岡の顔を直視してはいけないと本能で気付いたのである。

彼女の説明に納得がいったのか、止まっていた冨岡の足は再び動き出しそのまま運ばれていく。


「いつから一人でやっていた」

「そう、ですね。祖父が亡くなった後なので2年前です」

「…そうか」


それきり二人の会話は終わり、雪無の家へ着くと鍵が開けたままになっていた玄関を入り先程三人が集まっていた居間へと運ぶ。

優しく彼女の身体をクッションの上に座らせ、履いていた靴を脱がせる。


「動けるか」

「暫くはここで休みます」

「そうか」


そう言った雪無に頷いて、家を後にしようと立ち上がった冨岡の腕が引っ張られた。


「あの、冨岡先生」

「なんだ」

「もう少しすれば動けるようになるので家でお風呂に入っていきませんか?」


そう言った雪無に今度は冨岡が驚く番だった。
 

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