2 「危うい。お前は危う過ぎる。そんなぼんやりとした感覚であいつらに対峙していたらその内お前が食われることになるぞ」 「伊黒、落ち着け」 「俺は落ち着いている」 頁を撫でていた雪無の手を引き寄せ不快に顔を歪めた伊黒は冨岡の静止も聞かずこちらを眺める彼女の頬をもう片方の手で抓った。 「俺達は鬼殺隊である前にお前の学校の教師だ。生徒の命が危険に晒されているのだと言うのなら学校外でも守ってやる。それが俺達大人の仕事だろう」 「伊黒先生…」 「まだぼんやりとしか自分の命を考えられないのであれば今すぐ辞めろ。お前を想い大切に育てた祖母や祖父の気持ちを汲めぬようであれば、こんな事をしていた所で死にに行くようなものと同じだ」 まるでいつも通り学校で生徒を叱るかのような伊黒に雪無の目が見開かれる。 彼女は普段優秀で模範的と言えるな生徒であり、生まれてこの方教師という存在に叱られたことがなかった。 「ご、ごめん…なさい」 「祖父や祖母を大切に思うのならばもっと己を大事にしろ。そんな事も出来ない者を浄化が出来るからと言って現場に連れて行くほど俺達は生半可な覚悟でこんな事をしていない」 「…はい」 知識不足であると思っていた伊黒達の覚悟を知った雪無はわずかに眉を下げながら説教を聞いた。 少なからず自分を思って伊黒が怒ってくれているのだと自覚はしていて、その事実に喜んでしまっている自分がいる事に気が付く。 誰かが自分を個として扱い厳しい言葉を投げ掛けてくれる大人は雪無の周りには居なかった。 頼む頼むと親族に頼まれ、祖父から受け継いだ式神の指示の元猛進してきた彼女は一人で何もかもを背負うようになっていた。 その重さにも気が付かない程に周りの重圧感で目的を忘れかけてしまっていたのだろう。 ぽろりと涙を零した雪無の頭を冨岡が撫でた。 「泣くな。伊黒の言う事は間違っていない」 「はい、あ、いえ…違うんです。こうして怒られるのは久し振りで、嬉しくて」 「全くお前は…」 『おい雪無!』 和やかな雰囲気を壊すかの様に人間姿の赫が現れ居間の戸を開けた。 その慌てた声に冨岡も伊黒もそちらに振り向く。 「どうしたの」 『は!?何で泣いてんだ?!』 「これは、嬉しくてだからいいの。それより何かあったの?」 『ならいいけどよ…妖の気配だ』 赫の言葉にその場にいた全員が弾かれたように立ち上がる。 既に準備をしてここに来た冨岡と伊黒はどこからか刀を出現させると雪無の方へ振り向いた。 「場所はどこ、だ…」 冨岡が唖然と目の前の光景に目を見開く。 こちらへ背を向けた雪無は昨日出会った時の服に着替えていたからだ。 伊黒がすぐさま冨岡の頭を叩いて反対方向へ向かせると僅かに頬を染めた二人が赫と目が合う。 『おう、わりぃな。主こういうとこあんのよ』 「おっ、お前は馬鹿か!男の前で服を脱ぎ捨てるとはどういう神経してるんだ!」 「すみません、場所を移動している時間が惜しかったもので」 「ならばせめて声を掛けろ…」 布擦れの音がして、キュっと帯を縛った音がすると昨夜会った時の格好になった雪無が二人の前に出た。 「蒼、行ける?」 『えぇ、大丈夫よ』 「伊黒先生、冨岡先生。行きますか?」 『あ?こいつら行かねーの?』 居間の戸を開けた雪無が振り返ると、既に太陽は沈み暗闇が辺りを包んでいた。 月夜に照らされ式神を連れた彼女はまるで女神のように清らかで、とても美しかった。 「当たり前だ」 「あぁ」 ワンテンポ遅れて頷いた二人に雪無も頷き返すとそのまま縁側に出て大きく跳躍する。 それに続くように冨岡達も背を追う。 「妖は何?」 『この臭いは』 「北条院、避けろ!」 「!」 前からひらひらと赤黒い物がやってきて、聞こえた伊黒の声に飛んでいた雪無は身体を捩ってそれを避けた。 その表紙に妖の正体を確認すると本来白いはずの一反木綿という名前の妖であった。 「結界を!」 『『了解!』』 腰に下げた銃を構え乾いた音を鳴らしながら一反木綿へ銃口を向け銃弾を撃ち込む。 冨岡や伊黒も刀を抜き応戦するよう斬りかかった。 空中に張られた結界を足場にして漂うように飛ぶ一反木綿へ向け二人の援護をするように弾丸を撃つ。 一反木綿は本来布の妖怪であるが、赤黒くなったソレはまるで刃の様に三人を襲う。 (血で赤黒くなってるのかと思ったけどこれは違う…) 「水の呼吸、壱ノ型 水面斬り」 赤黒くなった一反木綿を見極めようと一度発砲を辞めた瞬間、高く飛び上がった冨岡はその刀身に水を纏うと両手をクロスさせ刀を水平に振るった。 戻 |