1 あの笑顔を見てから気付くと目で追いかけていた。 一人式神を従え妖に真っ直ぐな瞳で向かって行く強かさに惹かれた。 恥ずかしそうな、照れ臭そうな仕草に心を打たれた。 いつか消えていなくなりそうな儚さに、危うさに不安を感じるようになった。 手を取りたい。 雪無を一人にしたくない。 自分の立場が何であれ、 一人の男として雪無の側で一つ一つの仕草を俺だけのものにしたくて。 ――義勇、ごめんね。 何より、姉さんのようにはなって欲しくなかった。 【黄昏に眠る】 昔から変なものが見えた訳じゃない。 寧ろ見えていたのは姉さんの方だった。 「義勇、こっちにおいで」 「うん」 年上のたった一人の姉さんは、異様なものに好かれる俺をいつも助けてくれていて。 まだ臆病だった俺を大丈夫だと励ましながら友人から聞いたというお祓いをしてくれた。 「よし、これで大丈夫!!」 「本当?」 「えぇ!あ、そうだ。コレ」 「お守り?」 「そう。きっと義勇の力になるわ」 姉さんは小さい頃からそういう異様なものが見えていたけど、優しくて朗らかな人柄がそういったものを引き離していたらしい。 今まではどんな奴も姉さんが俺の肩を払えば憑き物は居なくなっていたらしいし、そうしてもらった後は体も軽かった。 だからどんな奴も姉さんの手に掛かれば消えてしまうんだって思ってたんだ。 「姉さん…?」 「っ、義勇…」 ある日、いつも笑顔の姉さんが部屋で泣いているのを見つけた。 心配して駆け寄ったら、姉さんは涙を流しながら一言。 友人が亡くなった、とだけ告げてまた顔を覆った。 「俺がそばにいるよ」 震える姉さんの肩を短い腕で抱き締めて、とにかく泣き止むのを待った。 次の日、学校へ行くと多分姉さんの友達の事なんだろう。 凄惨な事故の内容を耳にした。 授業が終わって、何となく姉さんの通う学校ヘ向かってみれば同じクラスだと言う人に今日は来ていないと教えられて、俺は学校で耳にした事故の話を思い出す。 「…確か、あの工場は」 駆けつけた時には既に姉さんは倒れていた。 顔色は悪く、腹部には獣の様なものに切り裂かれたような傷がある。 隣には、今は引退された鱗滝さんが居た。 「姉さん…姉さん、姉さん!!」 「揺らすな。今救急車を呼んでいる」 「なん、でっ!何で姉さんが!」 「お前は親族か。ならば、知る権利はあるな」 鱗滝さんは後日家に来いと言ってその場を去っていった。 姉さんはその日以来何年もの間目を覚ますことなく眠っている。 鱗滝さんの話で胡蝶カナエと言う姉さんの友人が妖のせいで亡くなった事も、今回姉さんを襲ったのも同じ妖だと言う事も知った。 治療費はお館様が全て担ってくれている。 医者が治療する傷や病気など本当は無いが、起きない以上姉さんは病院で生命を維持してもらわなければ生きられない。 姉さんが眠ってから俺はこの世のものではないものを見るようになった。 その才を認められ鱗滝さんから鬼殺隊に入る為の修行をさせてもらい、今の俺がある。 だから、こんな所で倒れている訳には行かないんだ。 俺には守りたい人達が居る。 「…雪無っ」 勢い良く体を起こし辺りを見渡す。 すぐ側には倒れている煉獄が居る。 無防備な状態だと言うのに俺達の周りに妖は1人としていなかった。 「煉獄、起きろ」 「…ぐ、っ…」 煉獄を起こしていると足音がどんどん近寄ってくる。 丁寧に横へ置かれていた日輪刀に手を伸ばしいつでも斬れる態勢を取ると、目の前にあの時の大天狗が姿を表した。 「やっと起きたか」 「お前は…」 「一際濃い瘴気を感じ北条院の屋敷に行ったら誰も居らぬのでな」 困ったと言わんばかりの顔に俺は短く息を吐いた。 どうやって駆け付けたかは分からないが、大天狗も妖だ。 此方へ来られるのも不思議では無い。 「悪い術にも掛かっていたようだな。雪無殿の御神水を少し頂戴して来て良かった」 「そうか。手間を掛けさせた」 「一つ、聞いてもよいか」 「状況なら」 「その服の内側にある物は使わぬのか」 大天狗の視線が俺のスーツの内ポケットに向けられる。 そこにあるのは姉さんから貰ったお守り。 これをどう使えというのか。 「お主がどのような経緯でソレを持っているのかは知らぬが、使い時は今なのではないか?」 「ここにあるのはただのお守りだ」 「中は見たのか」 「…いや」 本来お守りというのは中身を開けるものではない。 だが大天狗がそこまで言うのなら開けてもいいのだろうかとポケットからお守りを取り出した。 . 戻 |