アヤカシモノ語リ | ナノ
4

「ほう、それは凄いな!」


静まり返った体育教官室が大きな声と共に開けられ、雪無の肩が大きく跳ねた。
冨岡と伊黒は気付いていたかのように何も言わずにその人物に視線を向けている。


「煉獄、先生」

「うむ!鬼殺隊が炎柱、煉獄杏寿郎だ!」

「お前は声がでかい!バカなのか!!」

「むぅ!」


鬼殺隊の呼び名であろう役職名を大声で言い放った煉獄へ一瞬で間合いを詰めた伊黒がその燃えるような髪の毛を引っ叩いた。
余りの展開に雪無は頭が追いつかずそのまま二人のやり取りを見つめている。


「お前の性格はある意味賞賛に値するがその事だけは声を潜めろと何度言えば分かる!」

「いやすまんな!」

「と、冨岡先生」

「気にするな。いつもの事だ」


もしゃり、としっかりサラダも食べ始めていた冨岡はさっきまでの雰囲気は疎か何を考えているか分からない顔で箸を進めている。

自分そっちのけで叱る伊黒を特に気に求めていないような煉獄、そして更にその事にすら興味が無い不揃いなメンバーに呆気にとられた雪無はふっ、と息を吐いた。

その声に三人の視線が雪無に集まる。


「ふふ…おかしい」


目を細め口元に手を置いた雪無の笑顔は蕾がやっと少し開いた程度の僅かな変化であったが、大人三人の視線を集めるには十分過ぎるほど美しいものだった。


「はっ、すみません」


まるで時が止まったかのように停止した三人に気付いて慌て出す雪無。
その頃にはいつもの無表情に戻っていた。


「よもやよもやだ!こんなに愛らしい笑顔をするとは!」

「……」

「謝ることはないぞ、北条院!伊黒もお前の笑顔に見惚れてしまったくらいだ!」

「えっ…」

「っ、そんな訳あるか。珍しいものを見たから少し呆気にとられただけだ!」


大声を上げて笑う煉獄の腕を叩く伊黒の言葉をそのまま受け取った雪無はなる程と自分の頬を触った。
そう言えば式神達や家族以外の人の前で笑うのは久し振りだと両手を上下に擦る。


「こうして騒がしいのは久し振りなので…えと、すみません」

「煉獄の言う通り謝る必要はない。面白ければ笑えばいい」

「は、はい」


いつの間にかフリーズから立ち直った冨岡はエビフライを口に頬張りながら雪無に話し掛けた。
その口の周りにはご飯粒がくっついている。


(先生達って本当はこういう人達だったんだ…授業している所しか見てなかったから知らなかった)


そっと冨岡におしぼりを渡しながらそんな事を思う。
必要最低限しか教師とも話さなかった雪無は三人の知らない一面を見て、分かりづらいがとても感動していた。

いつも笛と竹刀を片手に生徒から恐れられている冨岡は口周りにまるで子供のように食べカスを付けているし、伊黒と煉獄はまるで兄弟かのような雰囲気で話をしている。


(いいなぁ、仲間って)


そこには雪無でも分かるほどに歪ながらも強い絆で結ばれている三人が居た。
他に宇髄を始めとした何人かの仲間がいると聞いているが、きっとそこにも確かな絆があるのだろうと考えたら少し羨ましくなった。


自分の分を食べ終えた雪無はご馳走様でしたと両手を合わせる。
ちらりと時計を見れば後10分ほど出昼休みが終わる時間だ。


「北条院よ、昨日伊黒達から話は聞いた!是非ともその実力を見てみたい」

「実力…ですか」

「うむ。しかし妖は出ない方がいい。機会があったらその時はその知恵と力を貸してくれ!お館様も是非会いたいと言っていた」

「お館様?」

「おい煉獄、それ以上は口を慎めよ。北条院、お館様に関してはこちらで話し合いをしてからだ。兎に角今日放課後仕事が終わり次第お前の家に行くからきちんと待っていろ」

「分かりました。ではお弁当箱もその時に渡して頂けたら」


これ以上は聞いてはいけないのだと気付いた雪無は席を立ち、鞄を持つ。
ふと残り少なくなっただし巻き卵を伊黒が頬張ったのを見て思わず見つめてしまう。


「…北条院、お前成績がいいのは知っていたが料理は得意なのか」

「祖母の手伝いをしていたのでそれなりには」

「悪くない」


そう言った伊黒の目は少しだけ輝いていた。
その様子に煉獄も冨岡が囲っている弁当箱に手を伸ばしきんぴらごぼうを口に含む。


「うまい!うまいぞ!」

「筑前煮も美味い」


煉獄も冨岡も弁当を褒めながら食べ進めてくれる様子に、自分と祖母が作った料理を嬉しそうに食べる祖父の姿を重ねて目を見開く。
思わず緩みそうになった涙腺に勢い良く下を向くと、そのまま腰を折って一礼した。


「ありがとうございます。それでは、私は教室に戻ります」

「うむ!弁当箱はきちんと伊黒に持たせておこう!」

「何で俺が…」

「昨日に続きすまない」

「昨日だと?」


また仲良くやり取りを始める三人に振り返る事なく背中を向け体育教官室を出た雪無は顔を見られないよう後ろ手に扉を閉める。

ひと粒の涙が廊下に零れ落ち、そのまま教室へ戻った雪無の顔は再び無表情になっていた。


(懐かしい気持ちになっちゃった。あんな所で泣くなんて皆困っちゃうし、気付かれなくてよかった)


ほっと胸を撫で下ろした雪無は次の授業の用意を机の上に出して始まりのチャイムを待った。
授業が終われば家に帰って二人が来る前に掃除しなければと予定を組み立てながら授業に集中した。




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