アヤカシモノ語リ | ナノ
3

「近寄るな…!」


伸ばした手は拒絶する言葉と共に振り払われ、雪無が遠くなる。
瘴気と恐らく女狐の術によって操られている事は分かっていても心が軋む。


「っ、」


距離を取った雪無が銃弾を放ち、間一髪の所で避ければ悔しそうに唇を噛む姿が目に映る。

一瞬でも反応が遅れれば俺の頸動脈を抉っていたであろう一撃に舌打ちをして刀を構えた。


「お前に刃を向ける事になるとはな」

「い、ぐろ…」

「雪無…?」

「せん、せ…っあ"ぁぁ!!」


苦しげに呟く雪無に向かいながら、地面を強く蹴る。
きっと、彼女の意識は彼らのお陰で少し戻ってきてくれているはずだ。

ならば俺は俺にできる事をすればいい。

傷付けたくはないが雪無を取り戻す為ならば嫌われてもいい。


「蛇の呼吸…」


今俺が全力で相手をしなければこちらがやられる。

一瞬で間合いを詰め、雪無が苦手とする接近戦を仕掛け刀を逆さにしてに振り払う。


「弐ノ型 狭頭の毒牙」

「くっ…!」


一発で失神させようとした太刀筋を見切っていたのか、銃を盾に攻撃を防ぐが男女の差もあって大きく吹き飛んで行く。

手を緩めてはいけない。
だからといって傷付けてはいけない。

あの女狐の封印は雪無無しでは成し得ないのだから。


「やりづらい条件ばかりだな…!」


ただでさえ、雪無に日輪刀を向けるなど考えもしていなかった自分に随分と心を持って行かれている。

俺達の弱点は隊内の者ではない。

その手を利用しない訳がないのだ。


「覚えていろ女狐め。俺達にこんな事をさせた事、地獄の果てでも後悔させてやる」


息を吐き出し、もう一度雪無へ向かう。
遠距離戦を強いられては俺に勝ち目は無い。

余り時間を掛けても果生が心配だ。

時折聞こえてくる音に耳を傾けながら自分に目掛けて襲い来る弾丸を斬っていく。

清らかな雪無の弾丸は今や禍々しく、女狐が妖に打っていた物以上に厄介な瘴気を纏っている。


「ああ"っ!!」

「!」


もう少しで雪無に近付ける、そう思った瞬間視界の端に果生の身体が吹き飛ばされるのを目にして方向転換をする。

服も破れ、至る所から血を出した果生の身体を受け止め女狐へ視線をやれば傷一つない姿でそこに立っていた。


「威勢だけ良くても妾には勝てないわ」

「っ、すみませ…先生っ」

「…お前が気にすることじゃない。すまないな」


雪無は瘴気に蝕まれ苦しみ、果生は全身傷だらけになっている。
鬼殺隊の前に、俺は教師であるはずなのに生徒ばかりが苦しんでいる。


「俺の生徒に手を出すとは、やはり貴様相当苦しんで死にたいようだな…!」

「妾には関係無いわ」

「全集中」


こんな瘴気に包まれた中で全集中がどこまで持つかは分からない。
だが、余力など残している暇など無い。


「雪無」

「はい」

「くっ、」


女狐が雪無の名を呼べば当たり前のように目の前に立つ。
2つの銃を構え、狙いを定める雪無にすべて避けるのは無理と悟りながらも握力を込め集中していく。


「俺は、お前になら殺されても文句は無いよ」


下手に避ければ後ろに居る果生に当たる。

だが諦めるつもりはない。
例え弾丸に体を貫かれようと、必ずあの女狐を仕留める。


「愛する者に殺されてしまえ!」

「伍ノ型 蜿蜿長蛇」


女狐の合図と共に放たれる何発もの弾丸。
俺の体などどうなろうと関係無い。

顔や身体を掠めていく弾丸を出来る限り斬り落としながら前へ進む。

ふと雪無の後ろに立っていた女狐が指を動かした瞬間、着地しようとしていた場所から鋭利な何かが飛んでくる。


届かないのか、そう思って前を見れば操られている筈の雪無の瞳から大粒の涙をひと粒溢しながら俺に向かって手を伸ばしていた。


「雪無、泣くな」


お前の泣き顔は見たくない。
無愛想で、無表情な癖に心の内ではたくさんの優しい気持ちを持つお前には笑っていて欲しいんだ。

大丈夫だ、お前は皆から愛されている。

必ず、誰かがお前を迎えに来てくれる。


「伊黒先生!」


俺は与えてもらうばかりで、何か与えてやれただろうか。
少しでも、お前の糧になれていたなら上々だ。

心臓目掛けて勢い良く飛び出してくる岩に自嘲的な笑みを浮かべた。





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