2 「あるじ」 「雪無!」 「雪無ちゃん!」 「待て!」 蝶は人形へ姿を変えると一人倒れている雪無へ抱き着く。 その姿に駆け寄ろうとする俺達の手を赫と蒼にそれぞれ腕を掴まれ足を止めた瞬間、蝶が真っ二つに割れ紙が下に舞い落ちた。 「…どういう」 「遅いじゃないですか、伊黒先生。果生ちゃん…お前達」 何かに操られるように立ち上がった雪無は嫌な笑みを浮かべて俺達の名を呼んだ。 綺麗な瞳は濁り、瘴気に侵食されているのか目視できる範囲の片側が狂化された妖と同じ様に赤黒くなっている。 「なんで…!」 「雪無、目を覚ませ!」 「伊黒、果生。俺達は手が出せない」 「…くそ」 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる雪無は式神に笑みを浮かべ手招く。 反抗するような姿勢を取るも、雪無ありきの式神は否が応でも従わざるを得ないらしい。 「雪無、何をしている!そいつらはお前の家族だろう!」 「この子達は式神。私の式神。だったら何をしようと勝手でしょう?」 「…お前はそんな事言ったりしない」 「でも紛れもない私です」 「お願い雪無ちゃん、目を覚まして…っ!」 「主」 唇を噛み雪無へ呼び掛けると、遮るように蒼の凛とした声が辺りに響く。 赫も仕方ないなと笑いながら抵抗をやめる。 「主、貴女が私達の消滅を望むのならその意志に従いましょう。穢れても我が主は主」 「俺達はそれを嫌がったりしねぇよ」 「何を言ってるんだお前達!これが雪無の意志の筈が無いだろう!」 「いいんだよ、伊黒。俺達は主を守るのが使命だ。こうなった結果、自分達がどうなろうと仕方が無ぇんだよ」 「そんな…雪無ちゃん!」 元の姿に戻り雪無の元へと吸い寄せられる赫と蒼に泣きながら叫ぶ果生の声は届かない。 何か術はないのか。 考えても俺に式神を使役する力もなければ知恵もない。 だが、全てが終わった時赫や蒼が居ない雪無がどうなってしまうか位は想像がつく。 「使えない式神は消えてもらうよ」 「…っ、雪無」 「ごめんな、主。守ってやれなくて」 「幸せになって下さいね」 「さようなら」 「っ、やめ…!!」 駆け出した俺と同時に雪無は冷ややかな笑みを浮かべて右手を横に振る。 「…主の事、頼むわ伊黒」 「冨岡先生にもよろしくね。果生さんも、どうかご無事で」 「赫さん、蒼さん!」 光の粒が二人を包み、ゆっくりと雪無の中へ戻っていく。 『雪無様』 『早く元に戻れよ』 「!」 不意に聞こえた最後の二人の声に雪無は目を見開いて光の玉を吸収する。 その瞬間瘴気に蝕まれていた身体が一気に浄化して苦しそうに声を上げた。 「あぁぁぁっ!!!」 「っ、そうか。二人は雪無の清い気から力を貰い受けた存在…!」 「伊黒先生、今の内に浄化を!」 「くっ…どうすれば、」 「折角の餌をやすやすと手放す訳ないじゃない」 悲鳴嶼さんから貰った数珠をとりあえず翳そうとすると、すぐ背後から聞こえた声に飛び退く。 そこには薄く笑みを浮かべた女狐がそこに居た。 『私は妖にとってこれ以上ないご馳走になります』 ふと雪無が言っていた言葉を思い出す。 「あんたも来たのね」 「雪無ちゃんを返して…!」 「お前、」 「あらあら、その姿を晒すなんて余程彼女が大切なのねぇ」 果生が目を見開くと徐々に姿が狐に似通っていく。 半分人間だからか、耳と尻尾と目の変化だけだがいつもの優等生の彼女の穏やかさは欠片もない。 だが意識は彼女のまま。 俺も日輪刀を抜いて女狐へと切っ先を向ける。 あれから雪無も動く気配は無いが、できる事ならまず様子を確認したい。 「冨岡と煉獄はどうした」 「あの二人ぃ?どうかしら、そこら辺の妖にあげちゃったから分かんなぁい」 「伊黒先生、私があいつを引きつけます。雪無ちゃんを早く!」 「ちっ…」 赫や蒼のお陰でこの湧き出る瘴気の中でも過ごしていられたが、二人が居なくなった今息をするのにも些か息苦しさを感じる。 しかし果生からはその様子も感じられない。 まともに動けるか分からない以上、彼女の実力は未知数であるが言うとおりにした方が良さそうだ。 「無理はするな」 「はい」 「アハ、無理せず妾を相手にできるとでも?」 「黙れ!」 いつの間にか伸びた爪と寄り添うように現れた狐火を携えて走り出した果生と反対側に走る。 身体を抑え震える雪無はまだそこに蹲っていた。 「雪無」 「っ、!」 近寄って名を呼べば、今まで見たこともないような鋭く視線を向けられる。 俺も、冨岡も不甲斐ないな。 場違いながらも、そう思わずには居られなかった。 . 戻 |