2 気を込めた弾は妲己に差し迫り、目の前で塵の如く砂になっていく。 何故、どうして。 私の持てる気力は弾に込めた筈。 急降下する間、目が合い続ける妲己が牙をむき出しにしてにんまりと笑った。 「あんたそれでもあのクソジジイの孫なの?」 「くっ…!」 奥歯を噛み締め頭から落ちている自分の態勢を無理やり捻って着地する。 餓者髑髏の時は切り札として取っておいた技に驚いていた筈なのに。 襲い掛かってくる魑魅魍魎へ蹴りを喰らわせ、もう一度態勢を整えようと後転しながら辺りへ札を撒く。 妲己以外の妖はたいしたことのない雑魚妖怪だ。 札一枚で前とは比べ物にならない程消し飛ぶ。 「この奈落で、妾に勝てると思っておるのか?」 「、このっ…!」 「落ち着け雪無。離れるな」 「冨岡、先生」 前傾姿勢になってもう一度妲己へ向かおうとした私の腕を冨岡先生に掴まれる。 いつの間に側まで来ていたのかと振り向けば、珍しく息を荒げ私を見つめていた。 所々怪我もしている。 「冨岡先生、怪我が」 「俺はいい」 「私が、突っ走ったから」 「今は目の前の敵を倒す。雪無の力が必要だ」 無理矢理私の所まで来てくれたのだろう。 背中に貼ってあった札も瘴気に犯され半分近くが破れてしまっている。 「雑魚は近付けさせない。早く止血しろ」 「は、はい」 「残念。そのまま此方に堕ちれば良かったのに」 「俺はお前の挑発に乗らない」 「イケメンなのに、勿体無いわね。妾の側に居ればもう少し優しくしてあげたのに」 「生理的に受け付けない」 懐から扇子を取り出す妲己が冨岡先生に視線を送るが、相変わらずの無表情で答えながら辺りの敵を倒す。 冷静にならなくては。 言われた通りとりあえず布で止血をした私は少し遠くで戦う煉獄先生へ視線をやる。 美しい炎が何度も見え、辺りの敵を蹴散らす美しい水飛沫が私の心を落ち着かせてくれた。 「…先生、すみません」 「なに!気にすることはない!俺も雪無の立場なら同じ様になっていたさ!!」 「人として当たり前の感情だ」 少し離れているのに煉獄先生の元気な声はよく聞こえるし、ぽつりぽつりと喋る冨岡先生の声も今はしっかりと耳に入って心に落ちてくる。 膝をついていた私はゆっくり立ち上がり銃を握り締めた。 「すみません、先生方。今は魑魅魍魎の浄化に努めます」 「あぁ、頼む」 「うむ!」 「妾無視されて悲しい」 幸い妲己はあそこから動く様子も無ければ、手を出す気配も無い。 それなら私は今先生達としっかり連携を取っていくのが正解だ。 何を急いでしまっていたのか。 一度深呼吸をして、近くに居る冨岡先生のバックアップに回る。 時折札を投げ煉獄先生の周りの敵を浄化すれば少しずつ数も減ってきた。 「っは…」 「冨岡、ここは一気に削るぞ!」 「了解した」 煉獄先生の掛け声に私は邪魔にならないよう二人から距離を取る。 ふと見えた冨岡先生の頬には痣のようなものが浮き出ていたような気がする。 「水の呼吸 拾壱ノ型」 「炎の呼吸 奥義」 「凪」 「煉獄」 冷たく清らかな風と熱く力強い風が辺りを覆えばまるでそこは誰も居なかったかの様に魑魅魍魎達が消し飛んだ。 二人の真逆な性質は打ち消し合う事も無く、広がったその光景にただ目を見開く事しか出来ない。 「…凄い」 「さて、後は君だけだな」 「やだー!凄い凄い!今のが二人の合わせ技かしら!」 「くだらない演技はよせ」 浄化する必要も無く字のごとく全てを消し去った二人は妲己に日輪刀を向ける。 鬼殺隊の柱。 初めて見る本気に今まで私がやらねばと気負ってきた事がとても恥ずかしくなる程の実力だった。 こんな力今までどこに隠してきたのだろうか、と疑問は浮かんだけれど一瞬にして威力の上がった二人に口は自然とその疑問をぶつける事を辞める。 今は目の前の敵を倒さなくてはいけない。 「妲己、やっと追い詰めた」 「痣者なんて、よく見つけてきたわね」 「……見つけた訳じゃない」 銃口を妲己に向けてゆっくりと距離を詰める。 余裕の表情を浮かべている以上、妲己にも何かしらの策がまだ残っているはず。 国を傾けるほどの美貌、そして何よりその知略。 それは何百年と実績を積み上げてきた妲己には勝てない。 「冷静になっちゃって、つまらないわね」 「先生達が一緒ですから」 「ふぅん?」 扇子で自分を仰ぎながら試す様な瞳で見つめる妲己は笑みを浮かべたまま。 痣者とはなんの事だか私は知らない。 けれど忌々しそうな視線を一瞬向けたのを見逃さなかった。 きっと妲己にとって厄介な事なんだろう。 立ち止まった私達に扇子を閉じ、今度は一歩踏み出し始めた妲己が目を光らせた。 「妾は最初ただの妖狐だった。でもどうしてここまで登り詰めたか、その身体に教えてあ・げ・る」 三日月型に目を細めた瞬間、嫌な空気が辺りを一気に包み瘴気が濃くなる。 急いで札を目の前に浮かべ何かしらの攻撃を防ごうとした瞬間、身体の力が抜け受け身すら取ることもなく地面に倒れた。 「誘惑の香(テンプテーション)」 甘い香りが脳を支配する感覚に吐き気がする。 近くで二人が倒れる音がして、私は唇を噛む。 魑魅魍魎の相手をしている間、私達は既に妲己の手のひらの上で転がされていたのだ。 「ここまでご苦労様」 嬉しそうな声が聞こえ、私は意識を飛ばした。 つ づ く 戻 |