3 「冨岡、先生」 「何をされた」 「違っ、違うんです!あれは伊黒先生の意思じゃなくて」 「瘴気のせいだから何だ?アイツに犯されかけたんだぞ!何故そんな事を言っていられる!」 「…ご、ごめんなさ…」 雪無の肩を掴んだ冨岡の初めて見る表情に身体をビクリと震わせる。 その表紙に溜まっていた涙が頬を伝って廊下を濡らした。 「…もう少し自分を大切にしろ」 「はい…」 「もしあのまま伊黒に何かされていたら俺はアイツを許せなかった。妖に乗っ取られていたとしても、殴り殺していたかもしれない」 ぎり、と唇を噛む冨岡に俯いた雪無はもう一度謝罪の言葉を述べる。 無言の空気が二人を包む中、バタバタと足音が聞こえた。 「主、お待たせしました…っ!?」 「は!?おい冨岡テメェ何主泣かせてんだよ!」 「い、いいの!それより御神水持ってきたなら伊黒先生に飲ませて」 「伊黒に飲ませるのは俺がやる。雪無は部屋に入るな」 冷たい瞳を向けられた雪無は足が何かに囚われたように動けなくなり、蒼から受け取った御神水を部屋の中に持っていく冨岡の背中を見つめた。 「何かピリついてんな。どうしたんだよ、主」 「伊黒先生が、瘴気に飲まれそうになっただけだよ」 「それだけじゃ主にあんな態度取らねぇだろ」 「…赫、人の子にしか分からない事があるのよ」 ペシ、と赫の頭を叩いた蒼は雪無に優しく笑い掛け身体を抱き締めた。 無言で抱き返す雪無の様子を心配げに見ていた赫も一緒になって二人にくっついて頭を擦り寄せる。 「ありがとう、ごめんね」 「家族だろ、気にすんな」 「そうですよ」 すると目の前の扉が開き、煉獄が雪無達へ近寄ると赫の肩を組んで顔を覗き込んだ。 「すまない雪無、伊黒もやっと落ち着いたぞ!」 「本当ですか…良かった」 「御神水とやらの効果は凄まじいな。今は眠らせている、顔を見ていくか?」 「…はい」 迎えに来てくれたらしい煉獄に頷き、後ろをついていくと丁度部屋を出ていこうとした冨岡にぶつかり恐る恐る顔を上げ表情を伺う。 「雪無、大声を出してすまなかった。話がある、後で会えるか」 「いえ、冨岡先生は心配してくれただけですから…終わったら連絡します」 「分かった。煉獄、あとは頼む」 「うむ、任せておけ!」 そのまま廊下を歩いていく冨岡を見送り、今度こそ中へ入って伊黒の顔を覗き込むと頬が赤く腫れていて目を見開きながら煉獄を見上げる。 「すまん、俺がやった!」 「えぇっ!?」 「殴ってくれと言っていたのでな。少しばかり俺も強めにやってしまった」 「怪我人なんですよ…」 「うお、ひっでぇ面!」 素直に謝罪する煉獄に困ったように眉を下げると、後ろからのぞき込んで笑い声を上げた赫を叱るようにペシリと手を叩く。 眠っている伊黒の顔を覗き込み、珍しく額がよく見えるそこへ手を乗せ熱を確認する。 少し熱いが苦しむ様子も無い姿に一息ついて煉獄へ振り返った。 「…かなり瘴気を注ぎ込まれたようなので暫くは休んで貰った方がいいです」 「本人が了承するとは思わないが出来る限りこちらで言い聞かせよう」 「よろしくお願いします。私もたまに顔を見に来ますね」 「うむ。そろそろ学校も夏季休校に入るからな、出来る限り連携を取って今回のような事は無いよう作戦を立てていこう」 「はい。それでは」 余り病室に長居してはと雪無は煉獄に頭を下げて二人を連れ部屋を出る。 瘴気を吸ったせいか、少し顔色の悪い雪無が携帯を取り出し冨岡に連絡を掛けた。 『俺だ』 「冨岡先生、今どちらに?」 『急用が出来て今外に居る。これが終わり次第家に行くから待っていてくれるか』 「分かりました」 要件を終え通話を切ると小さくため息をついて本部出口へ歩く。 よろりと身体が傾いた雪無を蒼が支え、赫がしゃがめばその背中に腕を回し背負ってもらう。 「赫、蒼」 「任せとけ」 「御身は必ずお守りします」 「…ありが、とう」 赫の首筋に顔を埋めた雪無は目を閉じゆったりとした歩調の心地良さに揺られ意識を手放した。 つ づ く 。 戻 |