それから約束の日が来て、前日鎹烏が持ってきてくれた手紙に書いてあった場所へ来ていた。
髪の毛が短いから着物が似合わない私は袴と羽織を着ている。


「冨岡さん、義勇さん…どっちで呼んだらいいのかな」


馴れ馴れしいだろうか。
人との馴れ合いは余り好きではなさそうな彼はどんな呼び方をすればいいのだろうか。
そんな事を考えていると、人混みの向こうに珍しい色の半々羽織が見えた。


「おっ、お疲れ様です!」

「あぁ」


来てくれた。
ひょっとしたら来てくれないなんて心の隅で思っていたから凄く嬉しい。

思わず近寄って手を握ってしまった私を彼が見つめていて、慌てて手を離した。


「すみません!」

「いや、いい」

「あの…水柱。宜しければお名前でお呼びしたいのですが、馴れ馴れしいでしょうか」


失礼ついでだと意を決してそう問い掛けると僅かに間が空いた彼はやっと口を開いてくれた。


「好きに呼ぶといい」

「で、では!義勇さんと…お呼びしたいです」

「あぁ」


それからは私が話し掛ける事に時折頷いてくれる義勇さんに心を踊らせながら食事をしたり、甘味を食したりして過ごした。

この日一日で私は更に義勇さんに惹かれていった。


「…お前は、名前を名乗らないな」

「え?」

「下の名だ」


今日一日過ごして、義勇さんから初めて会話を振られた事に驚いて目を丸くする。
下の名前で呼んでくれるということだろうか。


「ななし、です」

「…ななしか」

「はい」


義勇さんが私の名前を呼んでくれるだけで、特別な言葉に聞こえてしまう。
恋というものはどれ程に恐ろしいものなのかと同時に思った。

きっと私はこれからも彼の言葉に一喜一憂してしまうのだろう。
でも、それでもいいと思った。義勇さんに尽せるのなら、私の気持ちが何だろうと構わない。


「義勇、さん」


まだ出会ってから数回しか会っていないのに、こんなにも貴方が好きな私はおかしいですか。

日も傾いてそろそろ帰りそうな雰囲気に思わず義勇さんの羽織を引っ張ってしまう。
帰りたくない、離れたくない。


「私、まだ義勇さんと一緒にいたいです」

「…どういう意味か分かって言っているのか」

「はい。はしたない女でごめんなさい…でも、義勇さんと一緒に居たくて」


無表情で私を見つめる義勇さんが何を思ったかは分からない。
厭らしい女だと幻滅したかもしれない。

嫌われてしまったらどうしようと今更震える手に目の前が滲む。


「泣くな」

「なっ、泣いてなんか…」

「こうすれば泣きやんでくれるのか」


顔を上げた拍子に涙が流れてしまった瞬間、自分の唇が義勇さんのに塞がれる。
一瞬間が空いて義勇さんの顔が離れた。

何が起きたか分からない私は目を見つめながら中途半端に口を開いてしまう。


「あ…あの」

「言っておくが」


話し出そうとした私を遮るように義勇さんが話し始めたので私は口を閉じた。


「誰でもいい訳じゃない」

「それは、私と同じ気持ちって事でいいですか?」


勘違いして義勇さんに迷惑は掛けたくないから、確認の為に問い掛けた。
そうすれば肯定するように頷いて私を抱き寄せる。


「美しい男だと思っていた」

「え…あ、私の事ですか?」

「半年前任務でお前を見かけた」


ぽつりぽつりと話し始めた義勇さんに思わず驚いた。
半年前に私を知っていたなんて。
驚く私を気に止める事もなく指先で手を掬われゆっくりと絡められる。


「っ」

「俺は、心の中でお前が男だろうとそれでもいいと思っていた」


ちゅ、と指先に音を立てながら口付けする義勇さんに急激に恥ずかしくなって俯きたくなってしまう。
だって、義勇さんは前から私を好きだったみたいに聞こえるじゃないか。


「好きだ、ななし」


あぁ、なんてズルい人なんだろう。 


「私も、好きです…」