「…おい、大丈夫か。顔が赤い」

「あ、はい…」

「俺が居るからと言って無理する事はない…っ」


フラついた私の肩に触れた水柱が目を見開く。
バレてしまった、そう思う前に目の前が霞んで目の前の身体にもたれ掛かってしまう。


「ごめ、なさっ…」

「なるべく見ないようにする」


そう言った水柱は私の身体を抱き上げ、脱衣所まで連れて行ってくれる。
そのまま籠に入っていた手拭いを掛けると優しく身体を拭いてくれた。

抱き上げられた時の自分に触れた水柱の身体の感覚が残っていて、差し出された水を飲みながら余韻に浸る。
この時からもう私は彼に惹かれていたのかもしれない。


「ご迷惑…お掛けしました」

「いや」

「あの、俺…いえ、私…」

「何か事情があるんだろう。言い触らしたりしないから安心して寝ろ」


言い淀む私に水柱はそれだけ言って部屋へ戻っていった。
髪から水を垂らしながら。


翌日藤の家の人々にお礼を言って、別場所での任務があった私は同僚と別れ一人別の道を歩いていた。


「…冨岡、義勇さん」


風呂場で触れられた所が熱い。
こんな気持ち初めてでどうしたらいいのか分からない。
熱に浮かされたような、ふわふわした感覚。


「永恋」

「わっ!」 


ぼんやりと歩いていたら後ろから声をかけられてびくりと肩を揺らす。
この声は、もしかして。そう思って振り向くと相変わらず何を考えているか分からない表情の水柱が居た。


「水柱…」

「身体はもういいのか」

「…あ、あぁ。お陰様で元気です」


そう答えれば水柱はそうかと頷いてくれる。
たちまち無言になる空間に耐え切れなくなった私は水柱に問い掛けた。


「どうして、男の振りをしているのか聞かないのですか」

「興味はない」

「そっ、そうですよね…」


興味がないと言う言葉に少しだけ傷付きながらも、当たり前だと心の中で言い聞かせる。
彼からしたら私はただの隊士であるし、昨日初めてお会いしたばかりだ。

興味があるなんて、そんな訳がないんだ。


「男の振りをしていた所で永恋は永恋だろう」

「へ?」

「お前は筋がいい。精進しろ」


呆気にとられる私の頭を小さく撫でた水柱は少しだけ笑った気がして自分の目を疑う。
今、笑ってくれたのだろうか。

ゆっくりと手を放して私に背を向ける水柱に今度は私が手を伸ばした。


「あ、あのっ!」

「…なんだ」

「昨日のお礼がしたいので、宜しければ今度食事にでも…」

「………」


断られるだろうか。
柱は忙しい。こんな私に構ってる暇などないと言われてしまうかもしれない。
それでも、この気持ちを簡単に捨てられなかった。


「……明後日」

「は、はい」

「非番がある」

「…えと、それは了承して頂けたと思っても?」


こくりと頷いてくれた水柱、いや。冨岡さんは今度こそ背を向け歩いていってしまった。
心臓がドキドキと煩い音を立てている。

女を捨てたいなんて言っておきながら、私は彼の前でこんなにも忌み嫌った女となってしまう。
でも、この気持ちに負の感情を抱く事はなかった。


「や、やった…!」


その日の任務は絶好調だった。
鬼殺隊には恋の呼吸の使い手がいると聞いたとき、どんな呼吸だと思ったりもしたけどこういう気持ちを原動力にしていると分かった今は会ったこともない彼女を凄い人だなと勝手に尊敬してしまった。