「あれ?善逸?」

「……は?」


蝶屋敷の入り口で彷徨いていたら目の前に頭に包帯を巻いたななしが居た。
怪我はしているけど重傷と言われるかと言ったらそうでもない。

でも、でも…


「ななし…無事だったのか…良かったよぉぉ…っ」

「ひゃ!?」


もう会えないと思った。
あんな泣き顔が最期なんて嫌だった。
思わずホッとして顔の穴という穴から液体を垂らしながらななしに抱き着いて温かいその身体を堪能する。


「ちょっ、何なの?!」

「ごめんね、ななし。あんな事言うつもりじゃなかったんだよ。嫌いなんて嘘だよ、俺は…」

「あたしも…悪かったよ」


意図的ではないにせよななしに遮られた俺は今なんて言おうとしたんだろう。
急にしおらしくなったななしの顔を近くで見て顔に熱が集まる。

いつもどんな女の子にだって、こんな事は無かったのに。


「……」

「て、てか!近い!善逸近い!」

「ごっ、ごめん!」


ぐっと胸を押されてやっと離れた俺もななしも顔が赤くて、自分の心臓の音がうるさ過ぎるせいで他になんの音も聞こえない。

ななしって、こんなに可愛かったっけ。
こんなにいい匂いがしたっけ。

思考すらままならなくなってきた俺を潤んだ瞳で見つめてくるななしにまた心臓が煩くなる。


「…じ、じゃあっ!私行くね!」

「え!?」

「何よ…」

「い、や…その、大丈夫なのかよ。そんな怪我で歩き回ってさ!」

「別に、蜜璃先生の所に帰るだけだもん」


何となく引き止めたくなって、離れようとしたななしの腕を掴んでしまった。
ななしの怪我は俺のせいでもあるし、なんて心の中で変に言い訳なんかしちゃって。


「…送る」

「い、いーよ!しのぶ様にも入院するほどじゃないって言われたし」

「いいから!送らせてくれよ。本当は俺と行く予定だった筈なのに逃げたから…それくらいさせて欲しい」


これが禰豆子ちゃんだったら縋りついてでもお願いするのに、ななしの前になるといつもの俺は息を潜めてしまう。
それがどうして何か分からないけど、折角掴んだこの手を離したくなかった。

存外伊之助の言葉が聞いているのかもしれない。


「…じゃあ、ありがとう」

「うん」


ちょっとだけ俯いて、俺の手を握り返したななしもいつもの強気な雰囲気が感じられない。
顔を合わせたら言い争いばかりの俺達は何だか変な感じだけど、心臓も煩いけど不思議と嫌じゃなかった。

ななしの手を握ったまま甘露寺さんのお屋敷まで歩き出す俺達は無言のまま。


「…なぁ」

「なに?」

「傷、本当に大丈夫なのか?」

「うん。ちょっと、ミスっちゃって。木に打ち付けられて、頭と腰をやっちゃった」


落ち込んでいるようなそんな音がして、後ろを振り返ると俯いて肩を落とすななしがいつもより儚く見えた。
なんだよ、何なんだよ。そんな突然可愛い所見せないでくれよ。


「悔しい。あんな、あんな奴等に負けるなんて。蜜璃先生にだって沢山稽古つけてもらってるのに…合わせる顔が無いよ」

「甘露寺さんはそんな事で怒ったりしないだろ」

「だからだよ。あたしは、蜜璃先生によろこんでもらいたいの」


何となく繋がれた手が急に強く握られて、ななしの瞳に涙が浮かんでる。
それにぎょっとした俺は慌て始めてしまう。
涙を見るのは2回目だ。


「そ、そうだ!ななし、街へ寄ろうよ!」

「街?」

「お、お前の身体が大丈夫ならだけど!」

「…じゃあ、少しだけ」


何となく、ななしの笑顔が見たくなって俺が取った行動は怪我人を街へ誘うなんて馬鹿げたものだった。
それでも頷いてくれたななしにほっと胸を下ろして、決意を決めた俺は繋いだ手を引っ張る。


「わっ!」

「俺、弱いけど力はそれなりにあるんだ!炭治郎とだって、伊之助とだって一緒に鍛錬したし」

「なっ、何してんのさ!」

「だから安心して乗ってろよ!」


背中に無理矢理乗せられたななしは少し暴れたけど、走り出した瞬間俺の首に腕を回してくれた。
なんだかそれが嬉しくって、初めて触れたななしが柔らかくて街まであっと言う間に着いてしまった。