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「野乃木先生、それじゃまた明日!」
「はいはーい、さようなら。気をつけて帰ってね」
放課後の部活動も終わり、担当している写真部の子供たちがスクールバッグを持って教室を出ていく。
私は黒板を消したり、自分が教える為に使っていた道具を片付ける作業があるのでいつも少しだけ暗室に篭っている。
セーフライトだけが頼りの少し古めな作りをしているこの暗室は個人的にお気に入りの場所だ。
「この仄暗い感じ、ちょっと落ち着くんだよねぇ」
鼻歌交じりに生徒や私が撮ったアナログ写真を吊しながら作業を進める。
モノクロだからこそ良さが出る風景があるし、その人独自の雰囲気を醸し出す事だって出来るからアナログ写真を私は好んだ。
「美央」
「わ!」
夢中になり過ぎていたせいか、突然自分以外の声がした事に驚いて薬品を溢しそうになる。
すかさず後ろから伸びてきた手が容器を抑えてくれたお陰で散らかすこと無く済んだことに安堵の息をついた。
声からして誰かなんて分かっている。
「伊黒先生、居るなら居るって教えてくださいよ」
「だから声を掛けたんだが?」
「あ、そっか」
伊黒先生は科学の先生で、私の恋人だ。
いつも夢中になって時間を忘れてしまう私をこうして度々迎えに来てくれている。
申し訳無いとは思ってるんだけど、ついつい居座ってしまう私に伊黒先生はいつもため息をつきながらも許してくれた。
「伊黒先生が迎えに来るって事はもうそんな時間ですか?」
「そうだな。もう20時近くになる」
「そんなに時間が経っていたなんて…ごめんなさい」
伊黒先生は支えた薬品を眺めたり成分表を見ながら私の腰に片手を回す。
珍しく自分から触れてくれる伊黒先生にどきどきしながら容器を元に戻して少しばかり寄り添ってみる。
普段ならやらない行動も、暗い部屋だとちょっとだけ勇気を出してできる事ってあるよね。
「…誘ってるのか」
「え!そそそ、そういう訳じゃ!」
「ふ、知っている」
「もー!いじわるは駄目ですよ!」
慌てだす私に意地悪く笑った伊黒先生。何だかその様子が面白くなくて仕返しの為に少しだけ伊黒先生の胸板へ頭を押し付けてみた。
ふと手に持っていた薬品を置いた手が視界に入って押し付けたまま顔色を伺おうと首を捻ろうとした瞬間、何も乗っていない机の上に押し倒される。
あまりに突然の事で反応出来ていない私の目の前には、いつもマスクをつけている口が露わになった伊黒先生がいる。
こういう時は大体キスをする時の合図だと思考が追いついた瞬間、私の唇が塞がれた。
「っん…」
啄むようにキスをされ、足をどうにか動かしたけど更に深く抱き込まれて抵抗できなくなってしまう。
もうどうしたらいいか分からなくて目の前の伊黒先生の白衣を掴んだらやっと顔を離してくれた。
「お前が煽るのが悪い」
「あ、煽ってなんかないです!ここ学校ですし、盛らないでくださいよ!」
「煩い口は塞いでやる」
絡んだ指先が少しまた強めに握られまた唇を合わせる。
必死に口を固く結んでいると、それを楽しそうに喉で笑った伊黒先生が私の唇をペロリと舐め上げびっくりした私が声を出そうと開けてしまった瞬間長い舌がぬるりと入ってきた。
「…んぅ、っ」
口内が這うような動きに思わず腰がびくりとすると、突然舌が抜かれ最後に優しくリップ音を響かせて伊黒先生の体が離れた。
余り考える事のできない頭で伊黒先生の顔を見ていると、腕を引かれて立たされる。
「伊黒せんせ?」
「帰るぞ」
「え、でもご飯の準備が…」
「美央を頂くから気にするな」
暗室の入り口においてあった私の鞄を荒々しく掴むと職員玄関へ向かって早歩きで進んでいく。
やっと思考回路が戻ってきた頃には伊黒さんの車に乗り込んだ後で。
「…あの、伊黒先生?」
「もうプライベートな空間だ。先生はよせ」
「お、小芭内さん」
「それとこれから先の行動についてお前がどうこうと反抗する事は赦さん。分かったなら黙って俺に抱かれろ」
助手席に座った私の耳元で囁いた小芭内さんに反抗する気も無くなり、体を預けるようにして無言で頷いた。
写真部の暗室でキス
先生同士なのでちょっとアダルト(な雰囲気)に。
てへへ。
おわり
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