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「お前は何を言ってるんだ…」

「私、蜜璃先輩も伊黒先輩も大好きなんですもん」

「だからと言って子供になりたいとはどういう神経をしている」


服飾専攻しているだけあるのか、コーヒーの染みを持っていた何かの液体を掛け消しながら手だけをテキパキと動かす珍獣の小さい頭を見下ろす。


「大好きな人が大好きな人と付き合えたら幸せじゃないですか」

「…そこにお前が居ないとしてもか」

「居ない訳じゃないです。だって私の大好きな人ですもん」

「その理論はただの感情論だろう」

「人間なんてそんなものでしょう?」


甘露寺とはまた違う真っ黒な瞳を瞬きしながら首を傾げたこいつは、たまによく分からないことを言う。
俺が好きだと言っているがそれが本当に恋愛感情としての好きなのかどうか問い質したくなるレベルだ。

感情的なようでどこか違う方面を見ている気がしてならない。


「私は伊黒先輩に一目惚れしました。でもだからこそ、今度は先輩たちに幸せになってもらいたいから」

「今度?」

「ふふふ、秘密です」


小さく微笑んで俺の服から手を離したこいつは人差し指を立てて片目を閉じた。
いつも馬鹿みたく輝く瞳は霞み、別人のような雰囲気を滲ませている。

問い質そうと腕を掴みかけたその時甘露寺の走っている音が聞こえて手を引いた。


「きゃー!遅刻だわ!ごめんなさいね、月陽ちゃん!伊黒さん!」

「蜜璃先輩ー!大丈夫ですよ、私達も今ここについたばかりですから!」

「良かったー!」


甘露寺がやってきた瞬間今までが嘘だったかのように雰囲気をいつも通りに変えた月陽の背中を見つめる。
小さい、頼りない背中だ。
なのに何故だ、どこか随時感のある背中のような気がしてならない。


「おい、月陽…」

「素敵なお弁当ね!」

「大好きな蜜璃先輩と伊黒先輩のお口に入れるものですから!今日も気合を入れて作ってきました」


呼び止めようとした俺の声は甘露寺の声にかき消され、力こぶもない腕を出しながら得意気にしている二人のやり取りに問い質そうとしていた気持ちが萎えていく。

ため息をついて、二人の輪へ入っていくと笑顔の甘露寺に迎えられ気分も上がる。
気にし過ぎなのかもしれない、そう思って月陽を見ると心から嬉しそうな笑顔と目があった。


「もー!早くくっついてくださいよー!」

「えっ!?」

「そこの珍獣、お前はそろそろ仕置きが必要みたいだな…」

「あははは!」


顔を薔薇色に染めた甘露寺が俺を見ている事にも気付かず、食事時と言うのに走って逃げる月陽の肩を今度こそ掴もうと手を伸ばした瞬間逆に小さい手に掴まれた。


「…平和な世界で会えて嬉しかったです、伊黒さん」

「だからそのお前…何故先輩をつけない」

「甘露寺さんといる時の優しい顔をする貴方を見た時からずっと貴方が好きでした」

「っ、」

「思い出さなくていいんです。私はずっと覚えているから」


ふと脳裏に浮かんだ黒い詰め襟を身に纏った人物に頭が痛くなった瞬間、掴んだ腕を離した月陽が背伸びをして頭を撫でる。
痛みは遠退き、浮かんだ光景さえももう思い出せなくなった。


「幸せを祈っています」

「月陽ちゃーん!伊黒さーん!私全部食べちゃいそう!」

「今行きます!行きましょう、伊黒先輩!」


何事も無かったかのように俺達を呼ぶ月陽はいつも通りの珍獣の顔をしていたが、甘露寺が呼んでいる為俺も無理矢理靄を取っ払い座っていたベンチへ向かった。

お前に言われずとも甘露寺にはいつか気持ちを伝えるつもりだ、馬鹿者。
そう心の中で呟いた。




おわり

前世の記憶あり月陽ちゃんは伊黒さんの継子。

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