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「義勇くん、おはよー!」
「…あぁ」
大学に入ってたまたま初めての講義で隣り合った月陽と仲良くなって1年が経った頃、彼女に変化が訪れた。
元々化粧っ気のない女子であったはずなのに、最近になってナチュラルなメイクではあるが化粧をし始めたのである。
「何かあったのか」
「え、何が?」
「いつもと違う」
大体言葉足らずな冨岡に一瞬首を傾げた月陽だが、言いたいことを何となく察して手を叩いた。
「化粧の事?」
そう聞けば肯定を示す冨岡に隣の椅子に腰掛けながら月陽が笑う。
笑われた意味が分からない冨岡は眉間を寄せ月陽を見るが気にも止めない彼女は頬杖をついて見つめ返してくる。
「好きな人が出来たの」
その言葉に小さく心が悲鳴を上げた。
柔らかく微笑んだ彼女の表情は今まで見た中で一番女らしく、そして美しかった。
恋する女性は綺麗になると、何処かの派手好きから聞いていた冨岡は月陽の好きになった人物は誰だろうかと考える。
自分が知っている限り、互いの知り合いである不死川や宇髄、伊黒と交流はあるものの連絡先を知っている様子はない。
かと言って自分以外の人間と居るイメージもない。
別の講義で出会った男だろうかと普段より無口になった冨岡はこちらを見つめる月陽に気付かなかった。
「義勇くんてさ、鈍感?」
「なんの事だ?」
「うーん、そこが鈍感。私の変化には気付いてくれるのにね」
困った様に眉を下げて笑う月陽は冨岡の手に触れて顔を耳に寄せた。
まだ講義の始まる前でざわつく教室の中で二人しかいないような感覚になった冨岡はリアクションしないものの唇を小さく噛む。
こんなに月陽に近寄られたのは初めてで、何なら女性がこんなに顔を寄せてきたのは初めての体験だ。
「私、義勇くんが好きなの。付き合ってくれませんか」
その言葉に思わず正面を向いていた顔を月陽へ向けると化粧ではない顔の赤さを隠しもせず、照れた笑みを浮かべる彼女に心が沸き立つ感覚を覚える。
繋がれた手からは緊張からなのか、震えている事に気が付いた。
いつも通りを演じている月陽がどうしようもない程に愛しくなった冨岡は触れている手に自分の指を絡ませる。
「少し、焦った」
「告白に?」
「いや、月陽が他の男を好きになってしまったんじゃないかと思った」
素直に自分の感想を吐露すれば更に頬を染める月陽の耳に、今度は冨岡が顔を寄せた。
「言わせてしまってすまない。俺も月陽が好きだ」
そう言えば絡んだ指が強く握られた。
耳元から顔を離して正面から月陽の顔を見ると、好ましく思っていた化粧っ気のない顔が彩られている理由が自分にあったのだと思うと更に愛おしさが増す。
「ぎ、義勇くん」
「好きだ」
誰もこちらを見ていないざわついた教室の隅で、薄くグロスの塗られた月陽の唇へ自分のを重ねた。
以下おまけ。
「見てない見てない。俺はあんな胸糞の悪いもの見ていない」
「冨岡もやる時はやるじゃねーか!」
「あいつら講義前って事分かってねぇだろォ」
目撃者は居ました。
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