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月陽の実家に着き、不安そうな顔をした両親へ彼女が書いた手紙を見せると目を見開いて俺を家へと入れてくれた。
外装は綺麗と言えないが中へ入ればとても整理されていて、月陽を育てた両親の性格が現れている。
「…冨岡様、でしたよね」
「はい」
「月陽は、どういう状態なのでしょう…嫁に出てからと言うもの手紙は貰えども一度も帰ってきていないのです」
悲しそうに俯いた両親に本当の事を話すべきかと思案する。
恐らく彼女は暴力を受けている事を話していない。俺が届けた文にも書かれていないようだ。
「…彼女は、貴方達に会いたいと望んでいます。今の家を離れたいと、離縁したいと言っていました」
「そんな、あの男に何かされているのか?」
「月陽にご家庭の事情を聞かせていただいた。それがあり、彼女はあの家から出られない」
「私達はあの子が辛い思いをしているのならどんな仕打ちを受けたって構いません!」
今まで黙って俺たちの話を聞いていた母親が涙目で叫んだ。月陽の父親も力強く頷いてくれる。
俺は小さく頷いて彼女と話し合った事を説明した。
彼女が望んだことはまず両親の安全の確保。
金の恩があると言うなら俺が肩代わりして払えばいいと言った。幸い柱である俺はそれなりの給金も貰っているし使う先は食費と宿代くらいで使う宛もない。
最初に月陽は反対したが、嫌なら働いてゆっくり返してくれればいいと言いくるめた。
返してもらうつもりなど毛頭ないが、そうでもしなければ彼女はこの提案を良しとしなかっただろう。
「冨岡様が、肩代わり…しかし」
「月陽には許可をもらっています。たいした金額では無いのでゆっくり返して貰えればいい。俺は月陽と貴方達を信用しています」
「冨岡様は月陽を嫁に迎えたいのですか?」
あの男と同じ様な事をしているように取られても仕方がない。だが、俺はあいつとは違う。
間違っても手を上げたりはしないし、嫁に来てくれるのならば一生を掛けて大切にする自信がある。
「俺は月陽に昔助けてもらいました」
「あの子に?」
「崖から落ちた俺を、優しく介抱してくれた。礼も言えぬまま今までの年月を過ごしてしまいましたが、やっと彼女の力になれる事を見つけた」
「もしかして、あの時の鬼殺隊の…」
「はい。俺は月陽を愛していますが、金で彼女の心や体を買うつもりは断じてない」
それだけは伝わって欲しいと両親の目を見つめれば、二人は顔を合わせて視線だけで会話している。
戸惑うのも無理はない。知らない男が娘の手紙を届け、更には借金の返済を肩代わりすると言っているのだ。
「すぐに返事を頂けるとは思っていません。ですが、出来る限り早めの返事を頂けるとありがたい」
「…あの子の気持ちは、」
「?」
出し忘れていた饅頭を渡して家を出ようと思ったが、母親の言葉に視線を向ける。
「あの子は心から貴方と共に生きたいと言っておりました」
「…月陽が」
「死んでも良いと思っている程に心をやられていたあの子に私達は何もしてあげられなかったどころか、気付いてあげられませんでした」
「しかし貴方が深淵の縁から救い出してくれたと、初めて自分から誰かと共に居たいと思えたと書いてありました」
瞳に涙をためて話してくれる両親の月陽に対する思いに、自分を大切にしてくれた蔦子姉さんを思い出す。
自分達に手伝える事があるのなら、惜しまず協力してくれると言った両親へお礼を言うと飯を食べていってほしいと言われた。
藤の家に帰ろうとしていた俺はその申し出を有難く受けて、料理をする母親の背を見つめる。
「失礼ながら冨岡様はご家族は?」
「俺に家族は居ません。育ててくれた恩師は居ますが」
「そうでしたか…では、これから家族になっていきましょう」
「…月陽や貴方達が俺でいいと言うのであれば」
「勿論ですよ。私達は娘を信じています。あの子が心から愛してると言うのです。だから私も家内も貴方を信じる」
月陽の父親は優しそうに微笑んだ。
彼女の顔は母親に似ているが笑顔は父親譲りなのかもしれない。
それから夕餉を馳走になり、その間に書いた手紙を託され俺は藤の家へと帰った。
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