3

「…へ?」



顔を上げると至近距離に冨岡先生の顔がある。
いや、それより今の頬に触れた温もりは何だったのか分からない。

何が何だか分からなくなった私の顔はさぞ間抜け面を晒してるに違いないのだが、表情筋を引き締める事も中途半端に開いた口を閉じることも出来なかった。



「否定してすまなかった」

「へ?!あ、はい!」

「月陽」



初めて名前を呼ばれた。
少しだけ目を細めて、優しい声で。

強く掴まれていた手は交差する形で握られている。
思考が追いつかないのに、先生が私に向けてくれる全てが優しくて。
瞳に残っていた涙が最後にもう一度だけ流れた。



「あ、あの…冨岡先生?」

「今日のお前は大人びていて驚いた」

「えっ…あ、それは、たまたま化粧してて」

「そのままのお前も可愛いが、今のお前も可愛い」



突然甘い言葉を喋りだした冨岡先生にさっきとは違う意味で顔に熱が集まってくる。
か、可愛いって冨岡先生に言われた。



「いつもいつも俺を見掛けると嬉しそうに笑うお前がいつからかどうしょうもなく可愛くて仕方がなくなった」

「…ひ、ひぃ」

「いつの間にか、お前を探すようになっていた」



コツン、と額同士が合わさった。
恥ずかし過ぎて視線を反らしたくても冨岡先生の瞳が反らすことを許してくれない。
許容範囲を超えた出来事に情けない声しか出ない私はひたすら甘い囁きに包まれるしかなかった。



「好きだ、月陽」

「っ、!」



もう体全体から火が出るんじゃないだろうかというくらい、心臓は鼓動を打つし、冨岡先生に触れられている場所全てが熱い。
こんな至近距離で囁くように言うなんてズル過ぎる。

幸せ過ぎて、死んでしまいそう。



「とみおか、せんせ」

「学校は休みだ、今は先生じゃない。さっきみたいに名前で呼んでくれないか」

「あ、う…義勇、さ」



名前を呼んだ瞬間唇が何かと触れ合った。
それが何なのか理解できないまま無言で見つめていると、ムフフと笑った冨岡先生がやっと体を解放してくれる。



「帰るぞ」

「え?」

「これ以上は卒業してからだ」



そう言った冨岡先生は扉を開けて運転席へと移動し、車のエンジンを掛け出発の準備をしだした。
人生で1番と言っていいほど事の展開についていくために頭をフル回転させ先生の今までの発言を遡る。

好きだと言われ、これ以上は卒業してからと言われた。
もう一度ちゃんと確認したくて、運転席と助手席の間から顔を出して問い掛ける。



「先生、もしかしてこれって」

「お前の将来は俺が貰う」

「ピャッ!?」

「それまで他の男に目移りするな」



優しい声で、優しい顔で頭を撫でながら言った先生にまた更に鼓動が早くなる。
目移りする前に心臓が過度の負担に耐えられなさそうです。

ゆっくりと走り出した車は安全運転で私を家まで送り届けてくれた。





end.

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