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「大丈夫ですか!?」


あれは俺がまだ鬼殺隊に入ったばかりの頃。
錆兎を亡くし何も出来ないまま入隊した俺は、ただがむしゃらに鬼を切って強さを求めていた。
その日の任務で、鬼に襲われていた他の隊員を庇って崖から落ちた俺を助けてくれたのは今よりもっと幼い月陽だった。


「大変!頭から血が出ているわ」

「…気に、しなくていい」

「駄目ですよ!」


俺の頬を引っ張った月陽は血が出ている頭部に懐から出した手拭いを当て、飲む予定だっただろう水で傷口を洗ってくれた。

幼いながらもテキパキと治療をする様子に慣れているんだなとどこか他人事に見ている自分がいた。


「お兄さん、失礼しますね!頭を打ちましたし、暫くは血が止まるまでじっとしてましょう」

「…待て、鴉を」

「鴉?」

「あぁ、救援を呼ぶ」


俺の頭をゆっくりと自分の膝に移動させ、満面の笑みを見せた月陽に胸の奥が暖かくなった。
とりあえず救援を呼ぼうと自分の鴉を指笛で呼び、近くを飛んでいたのか俺を見つけて急いで飛んできた。
探していてくれたらしい鴉の頭を撫でれば再び飛んでいく。
事情は察したのだろうと思いそのまま見送ると、視界の端に驚いた顔で鴉が飛んでいった方を見つめる月陽が見えた。


「珍しいか」

「ううん、とても頭のいい子なんだなって思って!」

「…そうだな」


感心した様に両手を合わせて俺に微笑んでくれる姿が荒んでいた心を少しだけ安らかにさせてくれた。
鬼殺隊に入ってからこんな風に穏やかな気持ちになれたのは初めてかもしれない。


「お兄さん、あの子がお仲間を連れてきてくれるなら少し休んで」

「しかし…」

「大丈夫、私が居るよ」


とん、と胸の辺りを優しく叩かれ安心感からなのか急激な眠気に襲われた。
ゆっくりと狭まる視界で最後に見たのは柔らかく微笑んで俺を見つめる月陽だった。

次に目を覚した場所は蝶屋敷で、崖から落ちてから2日は経っているという事実を教えてもらった。
ふとあの時の少女を思い出し、診察に来てくれた花柱へ問えば名前をこっそりと耳打ちされる。

月陽とはこれが初めての出会いだ。
それから何度か礼に伺いたいと思っていたが
任務が思ったより遠方であったり、近場であっても長期での潜入であったりと会えないまま一年が過ぎた頃彼女は嫁に貰われたと聞いた。

あの柔らかい陽射しのような女はどんな男に貰われたのだろう。
月陽が幸せであればそれでいいと、そうであって欲しいと願った。

願ったのに。

再び顔を合わせた月陽はあの笑顔を失っていた。挙句の果に身体には傷痕が残るほどの暴力を受けている。
あまりの衝撃に洗面所で涙を流す月陽を黙ったまま見つめてしまった。
自然と手に力が入り、暴力を振るったのは夫かと詰め寄ってしまいたかったが、俺の存在に気付き震えて頭を下げる月陽を落ち着かせるのが先だと肩に手を置いて持っていた薬を渡す。

俺が居ては彼女は安心できない。
そう判断し自室に戻る。

礼を言えぬまま何年も経ってしまったが、あの笑顔だけはずっと心の内にあった。
いつか顔を見て己の名前を名乗り礼を言うつもりだった。
出来たらあの微笑みをもう一度見たいと、ずっと思っていたのに。

柱となった今、月陽に何かできることは無いかと部屋に戻って考えた。



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