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その日からだ。
何日か置きに玄関にどんぐりや山菜が置かれるようになったのは。
誰が置いてってるのかは分かってると言うよりここから見えている。
「…あの、嘴平さん?」
「何だテメー!よく気付いたな!」
「いや、鼻が見えてます。猪の鼻」
木からこちらを覗いている人の身体を持った猪が居るのだから分かるに決まってる。
何故どんぐりがとも思うけど、きちんと箱に入れて取っておいてる自分自身が不思議でならない。
何回かこういう事があったけど私が嘴平さんに声を掛けたのは今日が初めてで、ちょっと嬉しそうに駆け寄ってくるのならもう少し早く言えば良かったと思った。
「嘴平さんは今日お休みですか?」
「そうだ、文句あっか!」
「いえいえ。では良かったら家でご飯食べていきませんか?」
「…天麩羅があるなら食ってやってもいいぜ!」
「ふふ、天麩羅がお好きなんですね。分かりました」
どさくさに紛れて自分の好みを伝えてくるものだから思わず吹き出してしまった。
山菜も貰ったし、この前お野菜も畑から取ってきたものがある。今回はたくさん収穫出来たので嘴平さんが一緒に食べてくれるのならとても助かると話しながら家へ招くと珍しく無言な彼に首を傾げてしまう。
「嘴平さん?」
「…ほわ」
「ほわ?」
「……はっ!な、何でもねぇ!」
嘴平さんの周りに一瞬お花が咲いたような気がしたけど気のせいかと狭い家へお通しした。
私は両親を既に亡くしているのでこの家には一人で住んでいるから、狭いくらいで充分なのだけど人を招くには些か狭いだろうかと座布団を嘴平さんへ差し出す。
「狭いですが寛いで下さいね。私以外誰も居ないので」
「お前一人なのか」
「えぇ、両親は数年前に流行り病で死にました」
何てこと無い、よくある家庭の一人暮らし。
嘴平さんからは無言で私の背中を見つめる感覚がするが気にせずご飯の準備を進めた。
黙ってしまってしまった嘴平さんの事を聞いてみるといつもの調子で返事が返ってきたのでほっと胸を撫で下ろす。
天麩羅に味噌汁やご飯が出来上がったのはもう日も暮れた時で、帰りは大丈夫だろうかと心配になる。
いくら鬼狩りとは言えこんなに仲良くなってしまうと心配になってしまう。
「時間掛かってしまってすいません」
「別に関係ねぇ」
「そうですかね?」
私の出した物を全て美味いと言って平らげた嘴平さんと対面に座った私は首を捻って考えた。
泊まっていっても一向に構わないけど布団は一組しかない。正確に言えば3組はあるが、両親が他界した後全く使っていないのでそれを嘴平さんに使わせる訳にもいかない。
「おい」
「ん?何ですか?」
「お前変な事考えてる訳じゃねぇだろーな」
「はい?考えてる訳ないじゃないですか。と言うか私はお前じゃなく月陽ですよ!」
ちょっと引いた顔をして身体を反らせる嘴平さんに頬を膨らませ、そう言えば女だのお前だの私を呼ぶ事を指摘してみる。
今の嘴平さんは素顔な為どんな顔をしているか分かりやすい。
どうして顔を赤くしてるのかは分からないけど。
もしかして名前を呼ぶのが恥ずかしいのかな。
そう思ったらちょっとだけ悪戯心がむくむくと顔を出してしまった。
「名前で呼んでくれないと返事しませんからね!」
「なんだと!?」
明らかに動揺して手をあちこちしながら慌てる嘴平さんにバレないよう笑った。
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