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その後冨岡様がお風呂に入っている間に夕餉の準備を整えた。
体が温まったお陰か、ほんのり顔を染めた冨岡様に夕餉とお酒を出すとお礼を言われる。
そう言えば前回泊まって頂いた時も何かした後は必ずお礼を言ってくれていたな、なんて思えば自然と笑みが溢れた。
冨岡様がご飯を食べている間に風呂に入ってくるといいというお言葉に甘えさせて貰う。
まるで夫婦のようなやり取りだと少しばかり照れてしまうのは許してほしい。
私を気遣い、こうして温かい湯船に浸かるのは久しぶりだ。
余り時間を掛けずに風呂を出て、寝間着でいいと言われたので羽織を着て冨岡様の待つお部屋へと向かう。
「冨岡様、失礼してもよろしいでしょうか」
「…あぁ」
「失礼致します」
一言入れて襖を開けると用意した夕餉を平らげ、縁側から空を眺める冨岡様が居た。
お泊り頂いているのだから当たり前なのだけど。
気恥ずかしい気持ちを抱えながら、先程用意したお酒とちょっとしたおつまみを側へ運ぶ。
夕餉の乗っていた膳を端へ下げ、お猪口に酒を注げば縁側から私の横へ腰を下ろしてくれる。
意外と近い距離にまた頬が熱ってしまう。
しかしこれはお礼なのだから、と心の中で意味の無い言い訳をしてお猪口を手渡した。
「すまない」
「いえ、お柱様の仕事は忙しいと聞きました。少しかもしれませんが時間の許す限り息抜きをしてください」
「お前も今日くらい肩の力を抜けばいい」
そう言えば、私の少し濡れている髪を片手で弄りながら杯を煽った。
冨岡様はゆっくり飲みながら少し硬直する私で遊ぶ。困った視線を投げ掛ければ意味が分かっていないのか、首を横にかしげるだけ。
「月陽」
「な、なぜ冨岡様が私の名前を?」
「世話になったからな」
「…ふふ、答えになっていませんよ?」
少しだけ得意げに笑った冨岡様に思わず笑みが漏れてしまう。
どんな経緯でもいい、私の名前を知っていてくださった事が嬉しい。
冨岡様も前回やお昼と比べたら表情も少しだけ和らいでいる気がする。
それから私が話す事、聞く事に冨岡様は短いながらも返事をしながら会話をしてくれた。
「…お前はその方がいい」
「え?」
「勿体無い」
ふと冨岡様が独り言のように呟いた言葉を聞き逃し、耳を近付けた瞬間私の頬に硬く優しい手が触れた。
布擦れの音がして冨岡様の顔がさっきよりも近くにある。
「俺と来るか」
「…な、何を…」
「お前にここは相応しくない」
冨岡様の腕が私の体を抱き込み、背中を優しく叩いてくれる。
まるで子供をあやす様な動きと予想外の言葉に言葉が出ないで居ると、冨岡様はゆっくりと話を続けてくれた。
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