3

冨岡様がいらっしゃってから2ヶ月が過ぎた私は、前と変わらず増えていく傷をそのままに生きている。

変わったことと言えばきっと体重だろうか。
懐妊した訳じゃないのに、食事を胃に入れようものなら吐き出してしまう。

今日は義母もあの人も旅行に行き誰も居ない。
鬼殺隊の方々も居ない。
私一人だ。

それでも私はこの屋敷を逃げられない。
放っておいても逃げ出さないのを知っているからこそ、あの人達は私を当たり前に一人残し出掛ける。


「死んでしまえたらいいのに」
 
「痩せたか」


独り言を呟いたはずなのに、的を外れた返事が背後からして飛び上がった。
あの人でも、義母でもない落ち着いた声は聞き覚えがある。

恐る恐る振り向いて見ればあの時と変わらない冨岡様の姿があった。


「と、冨岡様。失礼いたしました」

「食べているのか」

「えっ、あ…余り食欲が無くて…」


突然腕を捕まえられて、感情の無い瞳に見つめられるとどうにも嘘を付けない。
何とか当たり障りの無い言葉に変えて声を振り絞ると、冨岡様は思案するように顎に手を置く。

何を言われるのかと少し頭の位置が高い冨岡様の顔を伺っていると、今度は手を優しく握ってくださった。


「え…」

「お前の主人と義母は居ないのだろう。行くぞ」

「ちょっ、何処へ…」

「飯だ」


冨岡様に連れ出されるまま外へ出て街とは反対側へ歩いていく。
何処へ連れて行かれるのか少し不安もあったけど、優しく繋がれた手を振り解こうとは思えなかった。
夫が居ながら他の男性と手を繋ぐなどはしたない女だと思う所もあったけど、今だけは優しくしてくれるこの手に縋りたかった。


「いつものを頼む」


優しい手に導かれた場所は、山の中にある小さな定食屋でこれまた優しそうな老夫婦が営んでいる場所だった。

所在無さげに辺りを見渡していると腰を曲げたお婆さんが私に注文を聞かれる。
壁に掛けたお品書きを見るが、とりあえず冨岡様と同じ物を少なめにして欲しいと頼もうと思ったのに横からそれを拒否する声が聞こえた。


「胃に優しい物を頼む」

「かしこまりました」


冨岡様の言葉に驚いて横顔を眺めていたら首をちょこんと傾げられる。
それから料理が出てくるまで静かな時間が流れた。

こんな風に穏やかな時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。自然の中で優しく香るだしの匂いにお腹の底から息を吐き出す。


「あの、冨岡様」

「迷惑だったか」

「え?あ、もしかしてここに連れてきてくださった事ですか?」


私が話し掛けようとしたら冨岡様の必要最低限な言葉に遮られた。
何とか意図を汲み取りながら返せば首を縦に振ってくれる。


「いいえ。でも、どうして連れてきてくださったのかなとは思っています」

「…お前は昔の俺と同じ顔をしている」

「同じ、ですか」


肯定するように頷いてはくれたけど、それ以上は話してくれなさそうだったので調理場を行き交う老夫婦の姿を視界に入れながら私は考えた。

この御時世、鬼と関わりを持つ鬼殺隊の方々の殆どがそのご家族や愛する人を奪われたと聞く。
余り深入りはしないよう、慎重に口を開いた。


「…同情してくださったのですか」

「違う」

「では、どうして」

「お待たせしました」


冨岡様に聞こうとしていた事はお婆さんに遮られた。
私の話結構遮られてる気がするけど、目の前に置かれた食事に思わず唾を飲む。

食欲なんてなかったはずなのに柔らかくしたご飯の上に鮭が乗ったお粥は今の私にとってとても有り難いものだった。




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