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「月陽の家はこの辺か」
「あ、はい!すぐそこのマンションで…良かったらお茶でもしていきます?」
危ない所を助けてもらった上に食事をご馳走になって更にはこんな所まで送ってきてもらったんだ。
何かお礼しなくてはお返し出来ないと思ってずっと繋いだままだった手を今度は私が引っ張る。
ちょっ、とか待て、とか聞こえたけど聞こえないふりして家の鍵を開けた。
「家に帰れば車もありますし、送りますので良ければお酒もどうぞ!日本酒とかもありますよ!」
「…月陽」
「お、お礼がしたいんです。私にできる事ありませんか」
ため息をつかれながら名前を呼ばれおずおずと振り返り伊黒先生の袖を掴む。
してもらうばかりでは嫌だ。
肩を落としたまま足元を見つめていると、来客用のスリッパに足を通した伊黒先生が近寄ってくる。
「…そんなに礼がしたいのか」
「も、勿論!私にできる事なら何でもします!」
「そうかそうか。それならば断るのも失礼だと言うもの。有難くいただくとしよう」
「はい!何にしましょっ…」
近寄ってきた伊黒先生に顔を上げれば、何故かマスクを下ろし綺麗な二色の瞳に見つめられた。
冷蔵庫に両手をつかれ逃げ場のなくなった私は顔が近付いてくる気配に強く目を閉じる。
「……っ」
けれど想像していた感触はいつになってもこない。
あれ、と思って目を開けると至近距離で私の顔を見つめる伊黒先生の瞳と視線が交わった。
「い、ぐろ先生…」
「そんな顔をするな。抑えが効かなくなる」
「お、おさっ!?」
「また今度食事に付き合ってくれ。今はそれでいい」
マスクを再びつけた伊黒先生はそれだけ言うと唖然とする私の髪に口付けて玄関へと歩いていく。
「戸締まりはきちんとしろよ。おやすみ、月陽」
「は、はい…おやすみなさい」
柔らかく微笑んだ伊黒先生は閉じていく扉の向こうに消えて行った。
ズルズルと冷蔵庫にもたれ掛かりながら床に膝をついて未だに激しく脈打つ心臓に頭を抱える。
「ず、ずるい…っ!あんなの、ズルい!」
気になっちゃうに決まってるじゃないか。
明日も普通に学校があるって言うのに、どうやって伊黒先生と接したらいいのか分からない。
分からなくなってしまった。
「と、とりあえずお風呂入ろう」
力無く立ち上がり、お風呂場に行きシャワーを浴びて髪を拭いていると籠の中に入れておいた携帯が光っている。
受信されていた内容を見て私は座り込みもう一度その内容を見た。
「……何これ、ほんと…」
差出人は伊黒先生。
【間違っても俺以外の男は入れないように】
なんて書かれていた。
私だって男性を家に上げたのは初めてですよ。
そのままそっくり思った事を送り返し、髪の毛を乾かした。
結局あの後携帯はなる事はなく、寝る準備をしてベッドに入り暗闇を見つめる。
「変わらないって何の事なんだろ」
そして冨岡くんが言っていた言葉。
なぜだかそれらが繋がっているように感じながら目を閉じた。
考えたい所だけれど今日は色々ありすぎて疲れた。
その日、とても不思議な夢を見た。
黒い詰め襟の服と羽織を着た伊黒先生と冨岡くん、他の先生方がそこには居て、私と似た女性が刀を持って鬼の様な人と戦っている夢。
伊黒先生は恋人なのだろうか、その女性に優しく笑いかけたり頬に触れたりしていた。
何だか懐かしいような、寂しいような気持ちになって目が覚めた時には頬に涙が伝ってなかなか止まらないから凄く大変だった。
もしこれが前世の私の姿だったなら、そう思えば伊黒先生や冨岡くんが言っていたことも何となく理解が出来る気がする。
「…とりあえず準備しなきゃ」
いつもより準備の遅れた私は顔を洗い学校へ向かう。
生徒達はまだ歩いていない。
夢の話をしたらどんな反応するだろうか。
喜んでくれるのだろうか。
分からないけれど、それでも今の私を伊黒先生には見ていて欲しいと思う。
だから話さないでいよう。
「おはよう、月陽」
「伊黒先生、おはようございます」
「昨日はよく眠れたか?」
「はい!」
「…嘘はつかない方がいい」
ぽん、と私の頭を撫でた伊黒先生はいつものような顔だけれど、言葉の節々に優しさを感じた。
「言っておくが、俺も記憶は無いぞ」
「え?」
「夢で見たりはするが、俺は俺だ。そして月陽、今の俺が心惹かれたのも今世のお前だ」
「……っ、」
「分かったな?」
勝ち気に笑った伊黒先生にまた心臓がぎゅ、と締め付けられた。
昨日は手を繋いだだけでお互いに照れていたはずなのに、やっぱりズルい。
だから私もちょっとだけ仕返し。
「伊黒先生、今日も家に来ませんか?」
そう言ったら伊黒先生は耳を真っ赤に染めた。
その時にきちんと返事をしよう。
ちょっとだけしてやった感に私はスキップして敷地内へ足を踏み入れた。
ここからは私は先生。
だからプライベートの時に、ちゃんと私の気持ちを伝えよう。
おわる。
ちょっと良くわからない感じになってしまった。笑
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