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「あの、伊黒先生…ありがとうございました」

「怪我はないか?」

「はい!お陰様で」


その後警察に男の人を引き渡し軽い事情聴取をされた私の側に伊黒先生はずっとついていてくれた。
頼もしい彼氏さんだねと警察の人が言った時にはとても驚いたけど。

心配する伊黒先生に元気だと言うことが伝わるように力こぶを作って見せれば穏やかに微笑んでくれた。


「だが女性のひとり歩きは危険だ。今日は送ろう」

「え、でも」

「俺では不満か?」

「そんな事ないです!凄く心強いです!まさか襲われるなんて、その…思ってなかったから…」


じっと見つめる伊黒先生は私の手を取り指を絡めた。
突然の事に驚いて話を止めてしまう。


「…手が、震えている」

「えっ、あっあれ!?」

「震えが止まるまで、こうしていてもいいか」


耳を赤く染めた伊黒先生は視線をそらしながら繋いだ手に力を込め私を引き寄せる。
こんなに接近した事など無くて自分の顔が熱くなるのを感じながらその横顔を見つめた。


「お、願いします」

「…あぁ」


緊張と恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。
でも、伊黒先生の手はとても暖かくて安心する。

ドキドキし過ぎてこの鼓動が伊黒先生に聞こえてたらどうしようと思いながら空いている方の手で胸を抑えた。


「…月陽」

「は、はいっ!」

「良かったらこのままどこか食べに行かないか」


いつも下がり気味な眉をもっと下げた伊黒先生は近くにあった洋食店を指差している。
腕時計に目をやればもう8時。
確かにお腹減った気がする。


「そうですね!お礼に奢らせて下さい!」

「断る」

「えぇっ」

「やっとお前を食事に誘えたんだ。かっこつけさせてくれないか」


困った様に笑った伊黒先生がもう片方の手で私の頭を撫でる。
そんな、まるで私を好きみたいな言い方じゃないか。


「それって…」


言葉の真意を聞こうと顔を上げた瞬間脳天気な音が鳴り響いた。
私のお腹空気読んで…!

恥ずかし過ぎて思わず俯いた私に上からふ、と伊黒先生が噴き出した声が聞こえて羞恥心が限界突破しそう。


「すまない、俺も腹減った。中に入ろう」

「…むぅぅ」

「変わらないな、月陽は」


嬉しそうだけど、少し寂しそうに笑った伊黒先生に手を引かれおしゃれな洋食屋へ入った。

変わらないとはどういう事なのだろうか。
そんな事を思いつつも結局美味しそうな匂いにつられ思考を放棄した私はデザートまでしっかり楽しんだ。


「美味しいか」

「はい!」

「それなら良かった」


食事を終えた伊黒先生は頬杖をつきながら私を優しい視線で見つめてくる。
学校で殆ど話した事なんて無いし、こんな視線を受けた事なんて無いから凄く照れてしまう。


「どうした」

「あの、そんなに見つめられたら照れます」

「…あぁ、そんなに見つめていたか。すまない。随分と幸せそうに食べるものだから見とれてしまったようだ」

「甘いものは好きなので…」

「知ってる」


パクリと生クリームを一口運んで伊黒先生を見れば手が私へ伸びてきて、親指が口の端に触れた。

あまりの不意打ちに一時停止した私を気にすることなく手を引っ込め親指に乗った生クリームを舌で舐めとる。


「…ななな、何を…!」

「甘いな」

「そりゃ生クリームですから…じゃなくて!」


公共の場だから声は抑えめに騒ぐ私を見て伊黒先生はくつくつと喉を鳴らしながら笑っている。
暫く笑って満足したのか、仕方なく無言でデザートを頬張る私に手洗いと言い残して席を立った。


「伊黒先生ってあんな感じだったんだ…知らなかった」


こうして食事に行くのも、きちんと一対一で長い間会話するのも初めてなのに心臓がとても煩い。
普段はクールなイメージがあったけれど、話し掛ければ優しく頷いてくれるし笑ってもくれる。

しかも危ない所を助けてもらうなんてベタな展開のはずなのに、私も女なのかときめいてしまう自分が居て頭を抱えた。


「ふぉぉ…っ!」


職場の同僚にこんなにドキドキしてしまうなんて、少女漫画に感化され過ぎる自分が恥ずかしい。
顔を両手で覆い隠しながらなんとか伊黒先生が帰ってくる前に冷静になろうと努めた。


「月陽、食べ終わったか」

「あ"っ、はい!」

「なら帰ろう。あまり遅くなっては明日に支障が出る」

「……ご馳走様です」


ジャケットを腕に掛け私に手を差し伸べた伊黒先生に手洗いは嘘だったなと思いながらも、彼がさっきかっこつけさせてくれと言ったのを思い出し言葉を飲み込んだ。
手を取り立ち上がって店の外へ出る。

この時点でもうただの同僚のやり取りじゃない。
英国にでも言ってエスコート術を学んできたのかと言うレベルでかっこよすぎて辛い。
助けて冨岡くん。



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