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「んななな、なんでっ」
「そろそろ俺も恋愛報道の一つくらいいいだろう」
照れながら質問をする私にしれっと答える伊黒さんに自分の唇を腕で隠しながら扉に背中を預ける。
恋愛報道!?
甘露寺さんではなく!?
「言っておくが誰でもいい訳ではないし、炎上商法でもないぞ」
「そうでなくては困ります!」
「なら文句はないな」
ツカツカと踵を鳴らしながら私に近寄ってくる伊黒さんに一歩下がろうと足を引いたら硬い扉にぶつかってしまった。
これ以上下がる事は出来ない。
私の顔の横に片手をついた伊黒さんは追い詰めたぞ、と囁きながら楽しそうに笑みを浮かべている。
かっこいい!!
かっこいいけれど!
「い、伊黒さんは今とても重要な時期で」
「別に俺は芸能界などにこだわりは無い」
「私は、マネージャーで」
「あぁ。俺のマネージャーはお前にしかさせん」
「その…私が職を失」
「辞めてしまえ辞めてしまえ。俺がお前を養ってやる」
必死に理由を探しても、淡々と答える伊黒さんに詰まってしまう。
どうしようかと考えていると、顔の横にあった手とは逆の手で顎を力強く掴まれた。
「先程からお前の気持ちが絡んだ質問はされないのだが、俺では不満か」
「とんでもない!!」
「なら嫁に来い」
「嫁ぇ!?」
爆弾発言を投下した伊黒さんに思わず目玉が飛び出そうになってしまった。
嫁?嫁とは?
今流行りのゼロ日婚?
そんな問答を頭の中でぐるぐると考えていると、痺れを切らしたのか伊黒さんに上を向かされる。
「俺が好きか?イエスかノーだ。どちらかで答えろ」
「イエス!!じゃ、なくって!」
「ほう。まぁ当たり前だな」
「そんなの当たり前に決まってます!だって、だって…」
貴方は私の世界の全てだから、なんて言葉は伊黒さんの服に吸収されて届ける事は出来なかった。
「煩い、喧しい。お前の気持ちなど知っている」
「…っう」
「これからも俺を側で支えろ。いいな?」
「はい…!」
いいのだろうか。
私なんかで、そんな言葉が浮かんできてはその度に伊黒さんの笑みがかき消してくれる。
ライトアップされなくても、カメラが向けられていなくても伊黒さんは全てがかっこいい。
たまにネチネチしてて怖いだののバッシングも見たりするけれど、それはちゃんとその人の悪い所を指摘しているだけであって全く怖くなんかない。
「好きです、伊黒さん」
「俺は愛しているがな」
「っ、ずるい…」
「今までもこれからも、お前のすべてを俺に捧げろ。俺は責任を持って、月陽の人生必ず幸せにしてやると誓う」
まるで映画のワンシーンのような台詞に頭がクラクラしてしまう。
これ実はどっきりでしたとか、台詞の練習でしたなんて落ちじゃないだろうかと不安になるレベルで伊黒さんがかっこよくて鼻血が出そうだ。
「おい、まさかとは思うが渾身のプロポーズをしている俺にドッキリだとかセリフの練習台にしているとか思っているわけではないだろうな」
「…え、まっ、まさかぁ」
「ほう…どうやらその身体に叩き込んでやらねば学習しないようだな」
「いいいいい、いえ!ちゃんと受け取っておりますとも!」
「ならば社長に今すぐ連絡しろ」
ひくりと口角を引きつらせた伊黒さんに全力で首を横に振ると、私の胸ポケットに入っている仕事用の携帯を投げ渡される。
社長…?
産屋敷社長に?
「え"っ!?私がですか!?」
「掛けてくれたなら社長にはきちんと俺が説明する。それでいいだろう」
「いや、まだそれは…」
「俺が本気だと受け取ったのではなかったのか?結婚する以上社長に連絡するのは当たり前の礼儀だろう」
「ひぃ…全くもってその通りでございます…」
伊黒さんの圧力をもろに受けた私は震える手で携帯をいじり産屋敷社長の連絡先を呼び出す。
もう一度確認の為に伊黒さんへ視線を向けると顎で早くしろと急かされいろいろな意味で涙が出た私は通話ボタンを押した。
「やぁ小芭内」
「社長、お疲れ様です。お忙しい所申し訳ございません。例の件ですが上手く事が運びました」
「例の件!?」
「そうか。それは良かった。月陽と仲良くするんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「え!?」
社長との通話を意外にも早く切り上げた伊黒さんが携帯をもう一度私の胸ポケットへしまい、ニヤリと笑う。
「あ、あの…説明を…」
「俺が社長に黙って勝手な事をする訳がないだろう。元より相談済みで了承を得ている」
「な、なんてこった…」
恥ずかしいやら、してやられた感やらで思わず頭を抱えると私の様子が面白かったのか伊黒さんが小さく噴き出す。
抱えていた頭を解放して伊黒さんを見ると、とても楽しそうだからこれでいいのかもしれないなんて思った。
「月陽」
「はい!」
「撮影が終わったら飯でも食いに行こう」
「……えへへ、喜んで!」
「籍はまだだが婚約祝だ」
そう言ってくれた伊黒さんに頬が緩む。
急すぎた展開ではあったけれど、大好きな伊黒さんに求めてもらえるなんて凄く嬉しい。
「伊黒さんの大股ポーズ楽しみにしてます!」
「またお前は…それに伊黒さんと呼ぶのをやめろ」
「え?」
「お前も伊黒になるのだからな。分かったか?」
「は、はい…」
「ならば撮影場所に行くぞ」
「了解しました!小芭内さん!」
私の手を引く小芭内さんの背中を見ながら元気よく返事をした。
きっとこれから大変な事もあるけれど、ずっとずっと私はこの人の側に居たい。
握られた手をぎゅっ、とすれば小芭内さんが目を細めて笑ってくれた。
おわり。
伊黒さん表紙おめでとうございます!!!大好き!!
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