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「シーン19、オッケーです!お疲れ様でーす!」
監督の声と共に撮影を終えた伊黒さんの元へ走る。
鬼を狩る物語と言うことだけあって、殺陣シーンはやはりかっこいい。
ある漫画を元に実写化されたお話だけれど、伊黒さんの役は蛇を従えた強い剣士というポジション。
冨岡さんや竈門さん達も勿論かっこいいけれど、やはりマネージャーとしても、個人的でも伊黒さんが一番かっこいいと思う。
この前発表された新刊では伊黒さんの役が表紙になっていて、ポージングがとてもカッコイイ。
「…おい、月陽」
「ひょわっ!はい!」
「お前が力強く握っているせいでタオルも飲み物もグシャグシャなのだが」
「……あぁっ、ごめんなさい!!」
マネージャーでもあり、伊黒さんが芸能事務所に来た時からのファンである私はいつも失敗ばかりしてしまう。
恥をかかせてしまった事などもう何度目か数えられない程になったのに未だに首の皮が繋がっているのは伊黒さんのお陰だ。
「また妄想でもしてたのか」
「いえ!表紙の伊黒さんのポージングを思い浮かべてました!!」
「…………」
「あぁっ、引かないで!」
刀を構え、しゃがんだ態勢の開いた脚が最高にいやらしいなんて引かれるに決まっている。
もう既に引かれてはいるけれど。
「あれの撮影は何時だ」
「これから1時間後です」
「そうか」
伊黒さん自体この役を好きなのか、有り難いことにとても珍しく積極的に撮影に取り組んでくれた。
ネチネチしている所とか、何だかんだ優しい所とか凄く似合っていると思う。
寧ろ伊黒さんしか出来ないのではないだろうかとも思っている。
マネージャー業は大変だけれど、伊黒さんがほんの僅かに笑ってくれると心が踊って仕方がない。
実はこっそりファンクラブだって入っているのだ。
「伊黒さん」
「何だ」
「伊黒さんはいつもカッコイイですね!360度どこから見てもカッコイイ。本当にどういう造形したらそんなにカッコよくなれるんですか」
「毎日よく同じ事を言えるな、お前は」
「寝ても覚めても伊黒さんの事ばかり考えてますからね!」
「…は」
横顔を見ていたらついついいつもの伊黒さんオタクを発揮してしまう。
そう、私は毎日伊黒さんにカッコイイと伝えている。
別に恥ずかしい事なんかない。
事実だから!伊黒さんは!カッコイイ!
「私、伊黒さんのマネージャーで良かったです!あ、でも今回の撮影の大股開いてるのはちょっと興奮し過ぎて吐きそうですが、邪魔しないようきちんと口を閉じておきますから!」
「仮にもお前は女だろう。大股とか言うな」
「あれはスケベ過ぎますね。どうです?伊黒さんも不死川さんや宇髄さんのようにスケベ柱三人集とかいうグループ作りません?」
「何だそのネーミングセンスの欠片もないグループは」
「えへへ」
呆れたように私を見る伊黒さんへ笑って誤魔化すと、元々下がっている眉を更に下げて笑い返してくれる。
仕事中、役柄で笑うのはあるけれどこんな風に柔らかく微笑んでくれるのはマネージャーである私の特権だったりして一人優越感に浸ってしまう。
伊黒さんはどんな人とお付き合いするんだろうか。
甘露寺さんなんかは特にいい関係を築いているみたいだし、今回のキャスティングは公式カップルのような配役だからこれをきっかけで交際がスタートするかもしれないなんて噂が立ってるほどだ。
寂しいけれど、仕事の時間や俳優として輝く伊黒さんをマネジメント出来る事自体私にとっては過ぎたる身分だと思っているので仕方ないと思っている。
「…おい、今度は何を考えている」
「あ!ごめんなさい!」
いつの間にか控室についていた私は扉の前で立ち止まっていたようだ。
急いで扉を開き伊黒さんを中へ案内する。
「相変わらず仕事の出来ないマネージャーだな」
「す、すみません…」
「ただ、俺の精神面では大いに役立ってるぞ」
「…えへ、褒められてます?それ」
「この業界、お前のような阿呆が居たほうが心が安らぐ」
入り口で立ったままの私に微笑みかけてくれた伊黒さんが頬をつついてくる。
余りに美し過ぎる顔につい見惚れていると、そのままつついていた筈の指が輪郭をなぞり首筋へと伸ばされた。
「そろそろ俺の家でも癒やしてほしいものだな」
「へ…えっ!?」
「黙ってろ」
首筋に添えた伊黒さんの手に引き寄せられ唇に柔らかい感触がする。
余りに唐突な行動に目を開いたまま伊黒さんの閉じたまぶたを見つめていれば少しして唇を解放された。
私は今何をされたのだろうか。
まるでドラマのワンシーンを見ていたような、夢を見ていたような…
「おい、黙っていろとは言ったがもう少し反応しろ」
「………はい?」
「お前は…」
間抜けな声で返事をすると、目の前の伊黒さんは呆れたように頭を振った。
待って下さい。あれ、こんなドラマのシーンあったっけ。
「おいアホ面」
「んなっ!あ、アホ面じゃ…」
「俺からのキスは不服だったか?」
いたずらが成功したときのように細められた伊黒さんの瞳に今更になってさっきのことを思い出して顔が熱くなる。
こんな笑顔さえかっこいいのに、私はその人と今キスをした!?
「ひょえっ…!」
「今更が過ぎる」
叫び出しそうになった私はその場に蹲って出来る限り小さい声で悲鳴を上げた。
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