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次の日、冨岡は自分の屋敷の外で月陽の帰りを待っていた。
鎹鴉からの伝言で、今日の夕方位には帰れると言われたのだ。
「冨岡さーん!」
ふと声が聞こえ、顔を上げると息を切らしながらこちらへ走ってくる月陽の姿が視界に入った。
よく見ると頬や服に泥がついているが、たいした怪我もなさそうな様子に安堵する。
共に出発した炭治郎の姿は無く、どこかで別れたのだろうと少しの距離を歩いて迎えに行く。
懐にある櫛は確認済みである。
「冨岡さん、ただいま帰りましたっ!」
「あぁ」
「わざわざお迎えに来てくれたんですか?」
「……帰ってくる時間を知らせてくれたからな」
「えへへ、嬉しいです」
息が上がっているからか、頬を少し上気させた月陽の頭を撫で小さく頷く。
それを異様に長い間し続ける冨岡に笑顔のまま首を傾げる月陽たちを後ろから覗き込む数人の影があった。
「早く渡せェ!クソッ、相変わらずムカつくやろーだなァ」
「不死川さん静かにしてよ。気づかれちゃいます」
「どんな反応するか楽しみじゃねぇか」
「冨岡が誰かを想う日が来るとは…」
「悲鳴嶼さん、泣く事じゃありませんよ」
「伊黒さん、伊黒さん!とっても良い雰囲気ね!」
「かんっ、ろじ…首が、絞まってる…」
「うむ!そこだ!ゆけ!」
こそこそと隠れる8つの影に冨岡は気付くことなく、なんと言って渡せばいいのか分からず密かに焦っていた。
「冨岡さん、今日具合悪いんですか?」
「…いや」
「何だかそわそわしてますけど…」
「お前に、これを」
首を傾げた月陽が心配そうに冨岡の羽織を掴むと、少しばかりぎこち無く懐から櫛を取って目の前に差し出した。
近くの茂みが異様に揺れたのには未だ気付かない二人はほんの僅かに沈黙する。
「…い、いいのですか?」
「受け取ってくれないと困る」
「ありがとうございます…」
「開けて見てくれ。お前が喜ぶといいのだが」
包みを受け取った月陽は冨岡に諭されるまま無言で頷いてゆっくりと箱を開けると、普段から大きめな瞳が更に見開かれた。
「…こ、これって」
「っ、気に入らなかったのなら捨てて構わない」
「ちが、違います!冨岡さんの気持ちって言ってたから、その…私びっくりしてしまって。結婚を前提にって事で、よろしいのですか…?」
「!?」
「え?」
頬を染めて飾り櫛を抱き締める月陽の発した言葉に驚きを見せる冨岡。
それにつられて驚く月陽。
「…あれ、もしかして私勘違いしてますか?」
「い、いや…」
「いやぁーおめでとうございます、冨岡さん!良かったですねぇ、お付き合いすっ飛ばして晴れて婚約ですか」
「胡蝶様!?」
「…胡蝶、どういう事だ」
変な雰囲気になりつつあった二人の間に一瞬で胡蝶が現れ拍手を送られ戸惑う月陽に、怪訝そうな顔で首を傾げた冨岡。
胡蝶は月陽が持っている飾り櫛を指差し説明を加える。
「飾り櫛を贈る意味は結婚して下さいって事ですもんね。いやぁ、驚きました」
「も、もしかして冨岡さん意味を知らなかったんですか!?」
「……知らなかった」
「っ、私勘違いを…!」
「勘違い、でいいのですか?冨岡さん」
顔を赤らめ余りの羞恥に涙を溜め始めるのを横目で見ながら胡蝶が冨岡に問い掛ける。
「違う、勘違いじゃない」
「冨岡さん?」
「そのままの意味で受け取ってほしい」
涙が溢れる寸前、月陽の顔を上げさせ目の下を優しく撫でる。
冨岡自身まさか他人がいる場所で告白するとは思っていなかったが、流石にこのままではまずいと思い切って言葉を繋いだ。
「だ、そうです月陽さん!良かったですね!それでは私はこの辺でっ」
「えぇっ!?胡蝶様っ…行かれてしまった…」
「……はぁ」
ぱちぱちと手を叩き、補足をするだけして姿を消した胡蝶にしてやられたと冨岡は小さくため息をついた。
今考えれば共に買い物に行ってくれた面々の反応の意味がよく分かる。
あれはそういう意味だったのかと、今気付いた影に隠れる残りの7人をチラと見た。
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